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勧農城(栃木県足利市) [古城めぐり(栃木)]

DSC00874.JPG←墓地裏にある主郭の切岸・土塁
 勧農城は岩井山城とも言い、渡良瀬川沿いの独立した小山に築かれた足利長尾氏の本拠である。ちょうど川の中洲のようなところにある独立峰なので、要害性は申し分無い。この城も富士山城と同じく縄張りの形態は古く、段曲輪と土塁だけで構成されていたようだ。特に堀切や竪堀を確認することはできなかった。主郭は薮がひどく、形状を明確に確認することはできなかったが、周囲は土塁で防御されていたようである。主郭の東側にはいくつもの段曲輪があった様だが、墓地になったり梅林になったりしていて後世の改変の可能性を捨てきれない。
 長尾氏は坂東八平氏の一つで、足利尊氏の母清子の生家であった上杉氏の家宰であった。上杉氏は足利尊氏の母の実家であった関係から重く用いられ、特に尊氏の叔父の上杉憲房は尊氏のよき相談相手となって倒幕戦から一貫して補佐したほか、尊氏が京都争奪戦で敗れて落ち延びる時には尊氏を助けて討ち死にした。上杉氏が室町幕府体制の中で関東管領に任ぜられると、長尾氏もそれに従って上杉各家の領国の守護代となるなど、重きを成した。足利長尾氏は山内上杉氏に従って、享徳の乱などの古河公方足利氏との争乱でも活躍し、勧農城はその軍事駐屯基地として重視されたようである。
 このような由緒のある城でもあるし、せっかく市の史跡に指定されているので、もう少し整備の手を入れてくれると助かるのだが。なお、この日は梅がきれいに咲き誇っていた。

 お城評価(満点=五つ星):☆☆☆
 場所:https://maps.gsi.go.jp/#16/36.322637/139.460054/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1
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