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黒岩城(岩手県北上市) [古城めぐり(岩手)]

DSC03334.JPG←主郭周囲の空堀跡
 黒岩城は、千曳城や岩崎塞とも呼ばれ、北上川左岸の台地上に築かれた和賀氏の城館跡である。城跡は北半分と南半分に大きく大別され、北半分には空堀で囲まれた主郭を中心に家臣達が屋敷を構えた区画が南に連なっている。南半分は下岩崎と呼ばれ、空堀で二つに区画された元館跡があり、台地の南端に向かって家臣の館跡が連なっていた。この元館は、和賀氏が最初に和賀郡に入封した時の岩崎塞と考えられている。その後、幾多の変遷を経て最後の城主は飛勢城主和賀義忠の兄、義信(黒岩月斉)である。義信は盲目であった為、弟に家督を譲らされ分家となったと言う。1590年豊臣秀吉の奥州仕置きで和賀氏が改易されると、黒岩城も廃城となったと言う。
 黒岩城は現在宅地や耕作地となって改変を受けているが、主郭周囲の空堀が比較的良好に残っている。この空堀はそれほど規模は大きいものではないが、それでも最大で7~8mの幅がある。また元館地域では空堀跡が道路などに変貌しているものの、その形状は堀を思わせるものがある。全体にあまり城という雰囲気は無いが、現在まで残る貴重な遺構であろう。

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:https://maps.gsi.go.jp/#16/39.311423/141.155412/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1
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fuzzy

和賀と謂えば、私の好きな小説「火怨」の諸絞の領地でした、つい最近「火怨」を読み返したばかりなので、そちらに気持がいってしまいます。
by fuzzy (2010-02-08 12:19) 

アテンザ23Z

>fuzzyさん
私は良く知らないのですが、
和賀氏は岩手では有力な大名だったようですね。
まだまだ知らない世界がいっぱいあります。
by アテンザ23Z (2010-02-08 19:23) 

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