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平賀源心胴塚(長野県南牧村) [その他の史跡巡り]

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 平賀源心成頼は海ノ口城主で、武田信玄16歳の時の初陣で討死した武将である。1536年冬、信玄の父武田信虎は佐久へ侵攻し、平賀源心の籠もる海ノ口城を攻めた。36日にわたる攻囲にも関わらず海ノ口城は陥ちず、信虎は軍勢を引き揚げた。しかし初陣であった信虎の嫡男、晴信(後の信玄)は殿軍を申し出て、少数の兵を率いて引き返し、そのまま海ノ口城に奇襲を掛けて落城させたと言う。源心はこの時討死し、首は首実検の為に甲斐に持ち帰られ、胴は甲斐信濃の国境近くの地に葬られた。そこに築かれた塚には、その後ここを通る旅人がたくさんの石を供えたと言う。
 平賀源心の胴塚は、野辺山電波天文台に行った時に、たまたま案内板を見つけてその存在を知った。かつての平沢古道の脇にひっそりと塚が残っている。

 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/35.929397/138.457174/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0f0
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らんまる

野辺山の天文台の近くにあるとはしりませんでしたぁー。
JAXAも大好きなので、臼田と野辺山にいくと童心に戻れますネ(笑)
どこまでが本当なのか「真相は闇」の晴信の初陣に纏わる言伝え。
胴塚は機会があれば訪れてみたいものです。
by らんまる (2010-12-16 22:21) 

アテンザ23Z

>らんまるさん
首塚は有名なようですが、胴塚はあまり知られていないようです。
私も現地で初めてその存在を知りました。
by アテンザ23Z (2010-12-17 07:11) 

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