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田屋川原古戦場(富山県南砺市) [その他の史跡巡り]

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(2004年5月訪問)
 田屋川原古戦場は、1481年に起きたとされる越中一向一揆の主戦場である。当時、加賀守護富樫政親は、領国内の一向門徒を弾圧し、瑞泉寺には多くの門徒が逃れてきていた。政親は一向衆門徒の拠点となっていた瑞泉寺を焼き払うよう、福光城主石黒光義に要請した。光義も一向勢力の拡大に危惧を抱き、医王山惣海寺(天台宗)衆と共に総勢1600の軍勢を率いて瑞泉寺討伐に向かった。一方、瑞泉寺では五箇山、般若野、射水郡などから援軍を得て総勢5000で、山田川において石黒軍を迎え撃った。石黒軍は当初、相手が農民等の戦の素人であるため、高をくくっていたが、この戦いの最中に、一向衆の別働隊に惣海寺、福光城下を焼き討ちされた。後方において本拠から黒煙が上がるのを見て石黒軍は総崩れとなり、石黒光義以下は安居まで逃れた後自害した。この後、一向宗徒は更に野尻城主を降伏させるなどして、利波郡全域を勢力下に置いたと言う。

 田屋川原古戦場には、瑞泉寺の帰りにたまたま通り掛って、初めてその存在を知った。今はのどかな田園風景が広がるだけである。それにしても、いくら多勢とはいえ、地方武士勢力を打ち破って城まで攻め落としてしまう農民主体の一向一揆というのは、ものすごい力だと思う。大名達がその勢力を恐れて弾圧に狂奔したのも、無理からぬことだったのだろう。

 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/36.559446/136.917973/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0f0
タグ:古戦場
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