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長倉館(福島県伊達市) [古城めぐり(福島)]

DSC00446.JPG←館主稲荷の土塁
 長倉館は、長倉氏の居館である。長倉氏は伊達氏の一族とも、一説には源氏の流れとも言われる。室町中期に長倉館は突然歴史の表舞台に立つ。1400年、伊達大膳太夫政宗(儀山公)は、関東管領足利満兼が弟満貞(稲村公方)・満直(篠川公方)を奥州に派遣して伊達氏に領地割譲を求めた際にこれを拒み、一族の長倉入道と謀って桑折西山の赤館と長倉館に拠って反旗を翻した。満兼は、岩松満純を大将に大軍を以って赤館・長倉館を攻めたが大敗し、1402年には勅使河原兼貞を大将に再度攻め寄せたがこれも完敗。その後、上杉氏憲(禅秀)に命じて三度討伐して、ようやく政宗・長倉入道らは降伏したと言う。その後、伊達氏の内乱「天文の乱」では、長倉氏一族の多くはは稙宗方に付いた為に没落し、晴宗方に付いた長倉彦兵衛が長倉氏の名跡と所領を安堵された。その後、1590年の豊臣秀吉による奥州仕置で廃城になったと言う。
 長倉館は、現在市街化によって遺構は湮滅している。伊達小付近が長倉館の跡で、この地には「舘ノ内」の地名が残り、ここにかつて居館があったことを今に伝えている。小学校北東にある館主稲荷の祀られた土壇は、かつての長倉館の土塁跡とのことである。これが唯一の遺構であろう。

 お城評価(満点=五つ星):☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/37.820243/140.497477/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0f1
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