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河越氏館(埼玉県川越市) [古城めぐり(埼玉)]

DSC10686.JPG←復元された堀跡
 河越氏館は、平安時代の終わりから南北朝時代中頃迄の約200年間、武蔵国で大きな勢力を誇った豪族河越氏の居館である。河越氏は、桓武平氏秩父氏の一流で、この地に館を構えて河越氏を称した。1180年に源頼朝が伊豆で挙兵すると、当初河越氏は敵対したものの後にこれに服属して御家人となり、平氏追討に参加した。河越重頼の娘は頼朝によって源義経の妻に選ばれたが、これが後に災いし、義経が追討の身となると、重頼らは滅ぼされて河越氏は一時衰退した。しかし鎌倉時代中頃から勢力を回復し、館内に常楽寺が創建され、館は大きく変貌したと言う。1368年、河越氏や高坂氏ら「平一揆」は、河越氏館に籠もって鎌倉府に反旗を翻したがあえなく敗れ、以後、河越氏は歴史の表舞台から消え失せた。その後、戦国時代には、河越城の扇谷上杉氏に対抗した関東管領山内上杉氏は、この館跡周辺に陣所(上戸陣)を構えたと言う。

 河越氏館は、現在国の指定史跡となっており、発掘復元が進められている。今回行くのは2回目であるが、それは史跡公園としてかなり整備されたとの情報を得たからであった。常楽寺北側に隣接して史跡公園が整備されており、発掘された河越氏館の堀跡や山内上杉氏陣所の堀跡が、復元整備されている。史跡公園が整備される以前から、西側のゴルフ練習場脇の土塁跡は明瞭に残っていたが、それ以外に地下にも堀の遺構が埋もれていたのである。特に山内上杉氏陣所の堀跡は、複雑に屈曲させて組み合わせたもので、枡形か何かを形成していたのかもしれない。特筆すべき遺構と言うほどではないが、なかなかに興味深い。

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/35.930578/139.450718/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0f1
タグ:居館
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