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矢上城(神奈川県横浜市港北区) [古城めぐり(神奈川)]

DSC00074.JPG←堀切跡とされる通路
 矢上城は、日本城郭大系では中田加賀守館と記載され、小田原北条氏の家臣で小机衆に属する中田加賀守の居城と伝えられている。中田加賀守は大身だったらしく、井田城など幾つかの城を有し、3万石の采邑を領していた様である。その歴史は必ずしも定かではないが、1590年の小田原の役で、小田原落城の際に没したと言う。
 矢上城は、日吉の慶應義塾高校の敷地東部にある宮ノ台と呼ばれる比高20m程の台地上に位置している。現在は野球場やアーチェリー場などに変貌し、城跡の直下を東海道新幹線が貫通し、遺構はほとんど湮滅している。ただアーチェリー場脇には、「保福寺開基 中田加賀守累代墳墓之地」と刻まれた石碑が土壇の上に建っている。この土壇とアーチェリー場の間の一段低い通路が、日本城郭大系に拠れば堀切跡とのことである。また土壇の部分は「ほんやしき」と称していた様である。ただ現状見る限りでは、いずれも遺構とは俄には判断しがたい。その他、アーチェリー場から西側は学校敷地で進入不可能なため、遺構の有無は確認できなかった。尚、城跡の西側下方には石碑への参道が整備され、更に西側には中田加賀守が開基とされる保福寺がある。歴史の闇に埋もれた北条氏家臣の歴史がここにも眠っている。

 お城評価(満点=五つ星):☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/35.551624/139.653922/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0f1
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