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波多野城(神奈川県秦野市) [古城めぐり(神奈川)]

DSC08968.JPG←空堀状の地形
 波多野城は、平安~鎌倉期の豪族波多野氏の居城である。波多野氏は、藤原秀郷の後裔佐伯経範を祖とし、経範は源氏の家臣として前九年の役に従軍し、黄海の戦いで討死した。1180年に源頼朝が挙兵すると、時の当主波多野義常は参戦を拒んで松田の館で自害した。その後、叔父の義景が継ぎ、1213年の和田合戦では義景の子盛通が和田方に付いて滅んだ為、義常の弟忠綱が波多野氏を継いだと言う。尚、後の戦国時代末期に、織田信長の部将明智光秀が丹波攻めで戦った八上城主波多野氏は、その後裔とされている。
 波多野城は、その所在は明確にはわかっていないが、一般的には金目川の東岸、寺山地区の紡錘形の台地上であるとされている。この台地の東側には空堀状の地形があるが、発掘調査の結果、古代の祭祀の痕跡が見つかったことから、築城に伴う構築ではなく元々の地形であったようである。また台地上には建物の痕跡は発見されず、発掘は不発に終わっているらしい。しかし台地の南側先端には段曲輪らしい跡もあり、いかにも城郭らしく見える。何とも言いかねる、謎の城である。

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/35.395942/139.233009/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0f0
タグ:中世崖端城
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