重寺城(静岡県沼津市) [古城めぐり(静岡)]
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重寺城は、歴史不詳の城である。おそらくは戦国時代の小田原北条氏の築いた城と考えられるが、確実ではない。
重寺城は、海抜270mの城山山上にあったとされているが、その地勢はなだらかな丘陵状で要害性を感じさせない。城と言うより物見の砦だったのではないかと推測されている様だ。城山は現在、一面の果樹園で、内部への無断進入はできないので、遺構の有無はこの目では確認できていないが、開墾で遺構は残っていないと言う。
一方、重寺城址とされる城山の北西に張り出した、海抜60mの台地は小城山と呼ばれ、城郭遺構が存在している。重寺城の出城とも言われているが、地勢的に重寺城より要害性が高く、こちらが本城ではないかと思う。城の歴史は不詳であるが、丸山城(新城)や獅子浜城との遺構の共通性から推測して、小田原北条氏の築いた海賊城の一つであったのだろう。
重寺城小城山は、平坦で広い主郭と周囲の腰曲輪、主郭前面の数段の腰曲輪から成る、ほぼ単郭に近い、小規模な城である。しかし遺構は明瞭で、主郭背後には広幅の空堀跡も残っている。ただ、全体に薮が酷く、遺構の探索は困難である。石積みも一部に残るらしいが、確認できなかった。
【重寺城】
お城評価(満点=五つ星):☆
場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/35.031850/138.902754/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0t0z0r0f0
【重寺城小城山】
お城評価(満点=五つ星):☆☆
場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/35.033765/138.897003/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0t0z0r0f0
重寺城は、歴史不詳の城である。おそらくは戦国時代の小田原北条氏の築いた城と考えられるが、確実ではない。
重寺城は、海抜270mの城山山上にあったとされているが、その地勢はなだらかな丘陵状で要害性を感じさせない。城と言うより物見の砦だったのではないかと推測されている様だ。城山は現在、一面の果樹園で、内部への無断進入はできないので、遺構の有無はこの目では確認できていないが、開墾で遺構は残っていないと言う。
一方、重寺城址とされる城山の北西に張り出した、海抜60mの台地は小城山と呼ばれ、城郭遺構が存在している。重寺城の出城とも言われているが、地勢的に重寺城より要害性が高く、こちらが本城ではないかと思う。城の歴史は不詳であるが、丸山城(新城)や獅子浜城との遺構の共通性から推測して、小田原北条氏の築いた海賊城の一つであったのだろう。
重寺城小城山は、平坦で広い主郭と周囲の腰曲輪、主郭前面の数段の腰曲輪から成る、ほぼ単郭に近い、小規模な城である。しかし遺構は明瞭で、主郭背後には広幅の空堀跡も残っている。ただ、全体に薮が酷く、遺構の探索は困難である。石積みも一部に残るらしいが、確認できなかった。
小城山の空堀跡→
【重寺城】
お城評価(満点=五つ星):☆
場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/35.031850/138.902754/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0t0z0r0f0
【重寺城小城山】
お城評価(満点=五つ星):☆☆
場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/35.033765/138.897003/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0t0z0r0f0
タグ:中世山城
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