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鴫ヶ城(福島県三島町) [古城めぐり(福島)]

DSC01595.JPG←三ノ郭背後の堀切
 鴫ヶ城は、横田中丸城主山ノ内氏一族の城である。山ノ内氏は会津入部以来、中丸城を本拠に一族を奥会津の要地に配し、これら一族は「山ノ内七騎党」と称された。西方の鴫ヶ城も七騎党の持ち城で、西方山ノ内氏の居城であり、日本城郭大系によれば永正年間(1504~20)に山ノ内氏信が城主であったと言う。山ノ内氏没落と共に廃城になったと思われる。
 鴫ヶ城は、只見川西岸の山地の東側山腹の尾根に築かれた山城である。麓からの比高は50m程であるが、周囲を急峻な斜面に囲まれた要害の地である。主郭の裏に車道が通っており、簡単に訪城することができる。道路脇に堀跡の窪みがあり、更に東に入ってすぐの所に主郭背後の堀切があるので、道路も堀切の様である。堀切の上には主郭がそびえ、周囲に腰曲輪を巡らしている。南側の腰曲輪には途中に竪堀が穿たれて、動線を遮断している。主郭の先にはニノ郭があるが、主郭とは切岸だけで区画されており、鞍部の緩斜面状の曲輪となっている。その先に堀切を介して三ノ郭があり、三ノ郭背後は5m程の高土塁となっていて、堀切からの高低差を大きくしている。三ノ郭先端は崖で囲まれており、急峻な地形に築かれた山城であったことがわかる。ニノ郭・三ノ郭にも腰曲輪があるが、腰曲輪は東側に集中して3段ほど築かれている。以上の様な縄張りで、3つの曲輪を直線的に連ねた連郭式で、いずれの曲輪もそれほど大きなものではないが、ある程度の兵は籠められた様である。ネット上ではほとんど無名であるが、訪城が楽なのでお勧めである。
主郭背後の堀切→DSC01549.JPG

 お城評価(満点=五つ星):☆☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/37.487484/139.653566/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0t0z0r0f0
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