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庵原山城(静岡県静岡市清水区) [古城めぐり(静岡)]

DSC00454.JPG←ニノ郭北東の腰曲輪群と堀切
 庵原山城は、今川氏の重臣庵原氏の居城である。庵原氏は、今川義元の軍師とされる太原雪斎を輩出した一族で、1568年に武田信玄が駿河に侵攻した際には、清見寺に本陣を構えた今川氏真に対し、庵原安房守は最前線の薩埵山に布陣したと言う。武田氏が駿河を制圧すると、庵原郷はいち早く武田氏に従った朝比奈駿河守信興の所領となり、庵原山城を改修し居城とした。1582年に武田氏が滅亡すると、信興は当城を退去して庵原館で父子共に自刃し、城は廃城となった。

 庵原山城は、山切川西岸の比高40m程の丘陵上に築かれた平山城で、近年まで良く遺構を残していたが、新東名高速の清水連絡路が建設された際に遺構の大半が破壊されてしまった。しかし、わずかに北東部遺構とニノ郭のみ残っている。ニノ郭背後には腰曲輪が残り、その北東にミカン畑となった2段の小さな腰曲輪が連なり、堀切と土橋が良く残っている。ニノ郭は耕作放棄地らしくかなりの薮で覆われ確認が困難であるが、内部は耕地化に伴うと思われる段差が残っている。その他、かつては先端に主郭があり、ニノ郭西側には馬出し曲輪に二重堀切と武田氏の城郭特有の構造まで残っていたそうだが、こちらは高速道建設で完全に破壊されてしまった。高度成長期ならいざ知らず、いまだに遺構の破壊が続いていることに失望を禁じ得ない。

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/35.052573/138.484634/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0t0z0r0f0
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