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小笠山陣城(静岡県掛川市) [古城めぐり(静岡)]

DSC03988.JPG←中郭群の丸馬出
 小笠山陣城は、一般には小笠山砦と呼ばれ、徳川家康が掛川城包囲戦と高天神城包囲戦の際に築いた陣城である。1568年、甲相駿三国同盟を破棄して駿河に攻め込んだ武田信玄によって、今川氏真は駿府を逐われ、重臣朝比奈備中守泰朝を頼って掛川城に逃れた。信玄と時を同じくして西から今川領に攻め入った徳川家康は、氏真の籠もる掛川城周辺に砦を築いて包囲し、自身は小笠山山頂に本多忠勝、榊原康政を従えて本陣を敷いたと言う。また1579年には、遠江の武田領を蚕食していった家康は、武田氏の東遠江の拠点高天神城を包囲攻撃する為、周囲に6つの砦(小笠山砦、獅子ヶ鼻砦中村砦能ヶ坂砦火ヶ峰砦三井山砦)を築き、その一つとして再び小笠山砦を築いて石川長門守康通を守将とし、家康自身が数旬に渡って本陣を敷いた。家康の本陣があった為、小笠御殿とか笹ヶ峰御殿とも呼ばれた。

 小笠山陣城は、標高264.8mの小笠山の山頂付近一帯に築かれた陣城である。砦という名称が誤解を生んでしまう程の本格的な構築のハイテク陣城で、城域は広大で横堀を多用し、更に竪堀を絡めた技巧的縄張りを有している。城内はいくつかのブロックに別れており、便宜上、ここでは東郭群・本城・中郭群・西郭群・南郭群と呼称する。

 東郭群は、本城の前衛の曲輪群で、最も広い面積を有する曲輪を持っていたと思われるが、現在小笠神社やビジターセンターが建てられているため改変を受けている。明確な遺構は少ないが、土塁状の土盛りなどが見られ、本城とは堀切で区画されている。
 本城は、最上部に御殿と呼ばれる主郭を置き、その前面には櫓台を兼ねた大土塁と中規模の堀切が穿たれている。更に堀切の前面には櫓台状の小郭がそびえ、その南面と北面に数段の帯曲輪を備え、その外周を長い横堀を巡らして防御を固めている。特に北側の横堀は、一部を屈曲させて横矢を掛け、北端には小郭も設けている。本城と中郭群の間は、一騎駆け状の狭い土橋のみで連結されている。
 中郭群は北から南にかけての斜面上に数段の曲輪を築いており、現在多聞神社などが建てられている。中郭群の主要部の背後に当たる西側には畝を持った横堀が穿たれ、南側には丸馬出が築かれている。この丸馬出は、丸子城の様な独立堡塁式のものではなく、腰曲輪の虎口側に構築された武者溜まり的な造りとなっている。これは武田勝頼の兵を捨て石にする思想ではなく、家康の兵を生かす思想との違いによるものだろうか?丸馬出の外周には中間に櫓台を築いた二重横堀が穿たれており、1本目は馬出しに沿って円弧状となった半三日月堀となっている。
 中郭群の先はY字状に二つの尾根に遺構が分かれる。西郭群は、やはり一騎駆け状の狭い土橋でのみ中郭群と連結されている。西郭群は主郭の南側斜面に腰曲輪と横堀・竪堀を穿ち、西側には竪堀の間に架かる土橋でニノ郭に繋がっている。ニノ郭の下に1段腰曲輪が取り巻き、その外周は横堀で防御している。北に伸びる支尾根にも、物見曲輪や小堀切がある。
 一方、中郭群から分かれたもう一つの南郭群は、前述の二重横堀の先に南曲輪群Ⅰと更にその先の南曲輪群Ⅱが連なる。南曲輪群Ⅰは3段程度の曲輪で構成された小さな遺構群であるが、主郭には後部に土塁が築かれ、背後に堀切が穿たれている。更にその先は長い細尾根で南曲輪群Ⅱに繋がるが、南側が垂直絶壁で完全崩落した、転落死必至のスーパー一騎駆けで、さすがに危なくて近寄れない。もちろん往時はもっと幅があり危険も少なかったのだろう。南曲輪群Ⅱは土壇を有した狭小な主郭と数段の曲輪で構成され、やはり外周に横堀の防御線を築いている。この曲輪群だけはやや藪が多く、明確に確認できない遺構もある。

 以上の様に小笠山陣城は、本格的な籠城戦も可能な広さと構造となっており、その縄張りからは家康の高天神城奪還に懸ける意気込みと執念が伝わってくる様だ。また、武田遺臣団を吸収する以前の徳川氏独自の築城技術の見本であり、徳川氏が西遠江での攻防の中で武田氏の築城技術を取り込んでいった過程を垣間見ることもできる、極めて貴重な遺構である。

 尚、城の名称についてであるが、陣城としては高度な縄張りと広大な城域を有した破格の遺構で、いわゆる「砦」と言う名称から想像するようなささやかな城砦ではない。その為ここでは、一般的な「小笠山砦」の呼称を使わず「小笠山陣城」とした。
本城外周の横堀→DSC03733.JPG
DSC03762.JPG←本城の堀切
南郭群Ⅰの堀切→DSC03937.JPG

 お城評価(満点=五つ星):☆☆☆☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/34.737008/138.010879/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0t0z0r0f0


南曲輪群の一騎駆けは、本当に危険です!武蔵の戸吹城小鹿野要害山城よりも危険です。一騎駆け部分だけは高齢者は勿論、全ての人にお勧めできません。行く方はあくまで自己責任でお願いします。
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コメント 2

ノリパ

体力に自信のある人限りの五つ星のお城ですか…
すごく惹かれます!
by ノリパ (2013-06-16 17:01) 

アテンザ23Z

>ノリパさん
あの絶壁には参りました。
なにせ崩落で、絶壁側には木が全く生えてないので、
捕まるものが何もないんです。
もし落ちたら、木に引っ掛かることなく、
底まで落ちていくこと必定です。
by アテンザ23Z (2013-06-16 23:26) 

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