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伝・山吹の里(埼玉県越生町) [その他の史跡巡り]

DSC05156.JPG←山吹の里歴史公園
 山吹の里は、扇谷上杉氏の家宰で中世関東屈指の名将であった太田道灌の「山吹伝説」の地である。道灌が鷹狩りに出た際に(現地解説板では、「河越の領主であった頃、父の道真を訪ねた際」とされる)、俄か雨に遭い、近くの農家に立ち寄って蓑を借りようとした。すると、中から一人の少女が出てきて、黙って山吹の一枝を差し出した。花の意味がわからない道灌は、「花が欲しいのではない」と言って怒って帰ってしまった。後で道灌がこの話を人にしたところ、それは「七重八重 花は咲けども 山吹の 実の(「蓑」を掛ける)一つだに なきぞ悲しき」(後拾遺集)という古歌に寄せて、蓑の一つさえ持てない悲しさを山吹の枝に託したものでありましょう、と聞かされて自分の無学を恥じ、それ以降道灌は歌道に精進して、文武両道を兼ねた名将となったと言う(『常山紀談』)。この話は古い人には広く知られており、私の父も学校で習ったそうである。

 山吹の里伝説の地は、東京都豊島区や横浜市六浦などいくつか伝承地があり、越生町もその一つである。越生には道灌の父道真が、道灌生誕の地とされる山枝庵や、隠居所の自得軒を建てて住んでいるなど、道灌との縁が深く、龍穏寺には道灌父子の墓もある。またこの地は、古く武蔵七党児玉党に属する越生一族の山吹氏が居り、山吹の小名で呼ばれていた。現在は県道の脇に「山吹の里歴史公園」が整備され、小さな水車小屋などが復元されている。山枝庵など道灌縁の城館を訪ねた折に寄ると、何とも感慨深いものがある。

 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/35.963280/139.305278/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0t0z0r0f0
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