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釜原城(静岡県御前崎市) [古城めぐり(静岡)]

DSC07716.JPG←尾根筋の堀切
 釜原城は、歴史不詳の城である。一説には、城主は聖道寺の前身の寺の大旦那で、南北朝時代の戦いで落城したとも言われているが、定かではない。
 釜原城は、新野川西岸に連なる丘陵上の一角に築かれた比高40m程の平山城である。東の谷戸(殿之谷)からの登ると、NTTの中継所の建つ茶畑放棄地のニノ郭があり、その先に土塁と片堀切が築かれて、主郭に繋がっている。主郭も耕作放棄地となっており、かつての耕地化で往時の形状はあまりはっきりしない。しかし外周の一部に土塁が残り、また主郭から北に派生する3つの尾根にはそれぞれ深さ3m程の小堀切が良好に残っている。この形状は、勝間田城穴ヶ谷城とよく似ており、それから推測すれば勝間田氏による築城とも考えられるが、勢力圏としては横地氏のものと見る方が自然であろう。勝間田氏と横地氏は、今川義忠の遠江侵攻に対して共闘するなど、関係が密接であったので、築城技術でも関係があったのかもしれない。また主郭から西に向かって細尾根が伸びており、西の出丸に繋がっている。この出丸も耕作放棄地のガサ藪で突入は断念した。間を結ぶ尾根には、一騎駆け状の土塁や小堀切が残っており、主郭と出丸の間を分断した一城別郭構造となっていた様である。耕地化により破壊されてはいるものの、尾根筋の堀切などがよく残る城である。
出丸との間の一騎駆け土塁→DSC07745.JPG

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/34.671773/138.110229/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0t0z0r0f0
タグ:中世平山城
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