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新野新城(静岡県御前崎市) [古城めぐり(静岡)]

DSC07974.JPG←主郭南尾根の鋭い堀切
 新野新城は、舟ヶ谷城とも呼ばれ、今川氏の庶流新野氏の城と伝えられている。新野氏は、嘉吉の乱や応仁の乱の際に今川氏の部将としてその名が見られ、今川義忠が塩買坂で討死した後の家督問題に際しても、今川一族の重臣としてその名が確認できる。新野氏で有名なのは戦国時代の武将新野左馬助親矩で、親矩と妻は、井伊直親が謀反を疑われて今川氏真に誅殺された際、後に徳川四天王となる幼い井伊直政を身を以って匿い、守り通した。1564年親矩は、主君氏真の命で、今川氏に背いて徳川氏に通じた飯尾豊前守連竜を曳馬城に攻めたが、苦戦の末討死した。

 新野新城は、新野川東岸の比高60m程の山上に築かれた城である。この付近の城にしては珍しく解説板も案内板もなく、明確な登城道もないので、西麓の茶畑の先端辺りから適当に斜面に取り付いて直登するしかない。新野新城は大規模な堀切が穿たれた城で、5m程の深さの鋭い堀切が周囲の尾根筋に多数構築されている。しかし肝心の主郭は採土で消滅しているらしく、山頂部には細尾根だけで平場は確認できない。しかし周囲に腰曲輪が数ヶ所見られ、一部には井戸跡の窪みもある。また主郭北側には二ノ郭らしい平場と、更にその北に北出丸らしい小ピークがあり、それぞれ大小の堀切で分断されている。採土による破壊で、縄張りがわかりにくい部分もあるが、主郭の北東部分以外はほぼ遺構が残存している様である。現存遺構から考えると、主郭も狭小な平場に過ぎなかった様に推測される。この付近の城には珍しい、南尾根の鋭く深い薬研堀が印象に残る城である。

 お城評価(満点=五つ星):☆☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/34.681375/138.121041/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0t0z0r0f0
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