SSブログ

沼闕城(千葉県東庄町) [古城めぐり(千葉)]

IMG_5433.JPG←ニノ郭北東角の堀切と腰曲輪
 沼闕城は、千葉氏の一族、東六郎胤頼の3男盛胤の居城と伝えられている。盛胤は、長兄胤行の養子となってこの城に入り、後に本城の中島城に移ったが、沼闕城は引き続き盛胤の子孫が領有したと言う。

 沼闕城は、標高55m、比高45m程の丘陵地中程に築かれた城である。比較的単純な縄張りの城で、東西に並置された主郭・ニノ郭と主郭南の三ノ郭、その周囲の帯曲輪から構成されている。主郭には福聚寺が建ち、二ノ郭・三ノ郭は公園化されている。主郭とニノ郭の間には空堀が一部残っており、往時は堀で完全に分断されていたと思われる。この堀に沿って主郭側には土塁が築かれ、堀が埋められた先に櫓台も築かれている。この櫓台の塁線を延長すると、丁度福聚寺の山門前に通じるので、元々は山門前に堀かあったのかもしれない。ニノ郭の東下方には横堀と腰曲輪が築かれ、特に北東角では堀切となって腰曲輪との間を分断している。ここからニノ郭〜主郭の北側外周に帯曲輪が築かれ、途中に竪堀が穿たれている。また主郭の西端角では堀切が穿たれて、腰曲輪との間を分断している。一部、ニノ郭塁線からの横矢掛かりなども見られるが、基本的には戦国前期頃までの素朴な形態を留めている。
主郭~ニノ郭間の空堀→IMG_5363.JPG

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/35.784602/140.675318/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0f1
タグ:中世平山城
nice!(4)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

nice! 4

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

Facebook コメント