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二条山楯(茨城県石岡市) [古城めぐり(茨城)]

IMG_6197a.JPG←主郭北側の三重横堀
                            (クリックで拡大)
 二条山楯(二条山館)は、宇治会館とも呼ばれ、路川氏の城であったと伝えられている。路川氏は、小田一門の宍戸氏の一族であったらしいが、城の歴史共々詳細は不明である。
 二条山楯は、恋瀬川東岸の比高30m程の丘陵上に築かれている。北に源照寺があり、その裏の墓地脇から小道が城跡まで通じている。方形の主郭と、南の二ノ郭から構成された城で、横堀が多用されている。特に主郭の北側では、山形の松ノ木楯で見たような、見事な三重横堀が構築されている。三重横堀は東側では内堀・中堀は腰曲輪に変化している。一方で外堀は主郭全周を囲繞しており、南側に主郭虎口があって土橋が架かっている。また二ノ郭の西側にも横堀があり、主郭西側中腹の横堀に繋がっている。また二ノ郭周囲は一段低く腰曲輪が取り巻き、西斜面には竪堀と竪堀状の城道がはっきりと残っている。南にも祠に通じる竪堀状の参道があるが、遺構かどうかはわからない。二ノ郭の東斜面にも竪堀・横堀が見られる。遺構としては以上で、基本的には方形居館から発展した城と思われるが、横堀群は見応えがある。一部は藪で確認しにくい部分もあるが、藪は全体に少なめである。
主郭南側の横堀と土橋→IMG_6233.JPG

 お城評価(満点=五つ星):☆☆☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/36.272433/140.202198/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0f0

※東北地方や茨城では、堀切や畝状竪堀などで防御された完全な山城も「館」と呼ばれますが、関東その他の地方で所謂「館」と称される平地の居館と趣が異なるため、両者を区別する都合上、当ブログでは山城については「楯」の呼称を採用しています。


中世城郭の縄張と空間: 土の城が語るもの (城を極める)

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  • 作者: 松岡 進
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タグ:中世平山城
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