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平井館(栃木県那須烏山市) [古城めぐり(栃木)]

DSCN8420.JPG←西側に残る塁線の段差
 平井館は、下野の名族那須氏の重臣本庄氏の居館である。1418年、稲積城主那須資重の命によって、本庄三河守広泰(盛泰とも言われる)が稲積城の前方に築いたと伝えられる。資重が烏山城に居城を移すと、平井館の本庄広泰が稲積城に入り、以後は稲積城の城将となった。本庄氏の事績としては、1567年の霧ヶ沢合戦での活躍が知られる。即ち、治武内山合戦・大崖山合戦と2度の敗北を喫した佐竹義重が、長倉義当に5000の軍勢を与えて三度那須領に侵攻した。この時、那須資胤と対立する上那須勢の大関高増・伊王野資宗・芦野盛泰・福原資孝ら400の軍勢も佐竹勢に呼応して烏山城北方の霧ヶ沢に押し寄せ、下境の那珂川東岸に陣を張った佐竹勢と共に南北から烏山城を挟撃しようとした。しかし平井館に程近い稲積城を守る本庄盛泰は、よく防戦に努めた。その間に那須資胤は、那珂川を渡って佐竹勢を攻撃し、烏山城に立て籠もった軍兵も上那須勢を撃退した。上那須勢敗北の報に接した佐竹勢は軍を引き上げたと言う。

 平井館は、那珂川南岸の河岸段丘の北辺部に築かれていた。北側を断崖に接した、逆台形状の単郭の居館で、外周を空堀・土塁で防御していた。しかし昭和後半の田圃整理で遺構は完全に湮滅している。わずかに西側の段差が、往時の塁線の名残を留めているだけである。

 お城評価(満点=五つ星):☆
 場所:https://maps.gsi.go.jp/#16/36.630889/140.168724/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1


関東の名城を歩く 北関東編: 茨城・栃木・群馬

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