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裳原古戦場(栃木県宇都宮市) [その他の史跡巡り]

DSCN2474.JPG←古戦場付近の現況
 裳原古戦場は、1380年に行われた小山義政と宇都宮基綱の戦いである。小山・宇都宮両氏は、いずれも劣らぬ下野の名族であり、下野守護職を巡って長年対立していた。そしてついに1380年5月、義政は軍勢を率いて宇都宮氏の支配地域に進撃した。基綱はこれを迎え撃ち、両軍は裳原で激突した。激戦の末、宇都宮勢は当主基綱を始め80名余りが討死にした。しかし一方の小山勢も、一族30名余り、家臣200名余りが討死するという大難戦であった。義政の攻撃による基綱戦死の報は、かねてから小山氏の勢力削減を狙っていた鎌倉公方足利氏満に格好の口実を与え、氏満は鎌倉府を挙げた小山氏討伐を開始した。こうして始まったのが小山義政の乱と呼ばれる動乱で、裳原合戦は関東中世史の大きな画期となる戦いであった。

 裳原古戦場の伝承地はいくつかあるが、そのうちの一つが宇都宮市茂原2丁目の国道4号線付近と言われている。南北朝期の戦いでは、街道筋の要地での合戦が数多くあった様に、裳原合戦も現在は国道4号線に変貌した、古の奥州街道沿いの戦いであった。裳原古戦場は、現在は幹線国道の途中なので、周囲は完全に市街化し、往時の面影は微塵も見られない。しかしいつの日か、古戦場碑が建てられる日を望みたい。

 場所:https://maps.gsi.go.jp/#16/36.473177/139.870956/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1


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タグ:古戦場
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