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八田家御朱印屋敷(山梨県笛吹市) [古城めぐり(山梨)]

DSCN3004.JPG←北辺の土塁
 八田家御朱印屋敷は、戦国時代に武田信玄に蔵前奉行として仕えた、八田(末木)家重の屋敷である。八田家は、下野の名族宇都宮氏2代、八田(宇都宮)権頭宗綱の後裔とされるが詳細は不明。家重は、一宮町末木を武田氏から拝領して姓を末木に改めた。1582年3月の武田家滅亡に当たり、織田軍の兵火に罹って屋敷の建物は悉く焼失した。織田信長が本能寺の変で滅亡した後は徳川家康に仕え、末木政清は八田に復姓した。1583年4月に政清は棟別の免許を受け、同年9月にはその弟新左衛門尉が同じく棟別の免許を受けた。新左衛門尉には男子がなかったため、政清の2男政俊が両家を相続し、苗字帯刀を許されると共に、3400坪の屋敷地が御朱印地として安堵された。

 八田家御朱印屋敷は、現在は公園として整備され、桃山時代末期の武家書院様式の書院を拝観することができる。また屋敷の表門には、石和陣屋の表門が移築されて現存している。屋敷は複郭であったらしく、主郭は北東に偏し、主郭の北以外の三面には水堀が廻らされている。屋敷地北辺には、水防堤を兼ねた土塁が残っている。書院・陣屋移築門などと合わせ、貴重な遺構である。

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:https://maps.gsi.go.jp/#16/35.654149/138.641109/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1


縄張図・断面図・鳥瞰図で見る 甲斐の山城と館

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  • 作者: 宮坂武男
  • 出版社/メーカー: 戎光祥出版
  • 発売日: 2014/03/24
  • メディア: 単行本


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