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菅生城(茨城県常総市) [古城めぐり(茨城)]

IMG_5724.JPG←主郭周囲の切岸
 菅生城は、伝承では菅生越前守胤貞が城主であったと伝えられる。菅生氏の系譜は不明であるが、名前に「胤」の字があるところを見ると千葉氏に連なる家系であることが推測され、位置関係からすると守谷城主下総相馬氏の一族であったかも知れない。『東国戦記実録』という真偽不明の軍記物では、1560年、弓田城の染谷氏を攻撃中に、逆に馬洗城の横瀬能登守永氏に菅生城を攻め落とされ、胤貞は討死したと言う。1577年には、多賀谷氏の侵攻を受けたとされる。尚、発掘調査の結果、堀跡から小田原北条氏の城に多く見られる畝堀が検出されており、北条氏やその傘下に属していた下総相馬氏との結び付きが推測されている。

 菅生城は、谷戸に面した比高10m程の段丘先端に築かれている。先端に「城山」の地名の残る主郭があるが、内部はひどい藪が密生しており、内部への進入はできない。辛うじて主郭南端に低土塁が確認できる程度である。主郭の西側は堀跡の低地となっており、そこでは障子堀が発掘で見つかっている。その西に外郭があるが、ごく一部が山林のままであるものの、土地改良事業で大きく改変されて一面の畑となっている。ここでも堀跡が検出され、前述の通り畝堀が見つかっている。遺構は主郭以外に見る影もないが、解説板が立っているだけ良しとしたい。

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/35.994848/139.948847/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0f1
タグ:中世崖端城
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