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【重要!!】国土地理院地図のリンク切れのお知らせ [日記]

いつも当ブログをご愛読いただきありがとうございます。

当ブログの古城めぐりのページでは、
記事の最後に場所を国土地理院地図のリンクで明示してあるのですが、
ちょっと古い記事だと地図のドメインが、「cyberjapan.jp」となっています。
(現在のドメインは「maps.gsi.go.jp」です。)

今月4日で、この「cyberjapan.jp」が運用停止となってしまったため、
2014年7月以前の記事では、地図リンクのリンク切れが発生しています。
現在、時間を見つけて鋭意修正中ですが、
修正が完了するまで暫くの間ご迷惑をお掛けすることとなりますので、
ご了承ください。


尚、未修正のリンクで、下記の方法で手入力でアドレスを変更すると、
現在の「maps.gsi.go.jp」ドメインでの地図が表示されますので、
お試しください。

(例)http://cyberjapan.jp/?lat=35.641111&lon=140.452954&z=16&did=std&crs=1
       ↓
   手入力で、赤字の部分を下記の通り修正。
   https://maps.gsi.go.jp/#16/35.641111/140.452954&z=16&did=std&crs=1
   リンクを修正後にEnterキーを押すと、地図が表示されます。


【2019-4-5更新】
cyberjapan.jpのリンク切れの修正が完了しました。
今後とも引き続きご愛顧のほど宜しくお願い致します。
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森下城(群馬県昭和町) [古城めぐり(群馬)]

IMG_2138.JPG←主郭付近の現況
 森下城は、沼田城を防衛する城砦群の一である。後に真田氏、北条氏によって前衛の砦として利用された。1582年、鉢形城主北条氏邦に攻められ、守将の加藤丹波守が奮戦、自刃したと伝えられている。
 森下城は、片品川南岸の段丘上に築かれている。東にそびえる断崖上に築かれた阿岨城と異なり、低地の川縁に位置している。阿岨城とは指呼の間にあり、このことから断崖上を押さえる阿岨城と一対となって、片品川の渡河点を扼していたと推測される。現在は畑の中に城址標柱と解説板が立っている。周りには段差が残っており、『日本城郭大系』の縄張図では主郭の周りに堀を廻らした環郭式の城であった様だが、縄張りは正直言ってよくわからない。この城も阿岨城と同じく、片品川によって城の中心部が削られてしまっている様である。尚、東北東400m程の民家脇に城将の加藤丹波守の腹切り石と言うものが残っている。

 お城評価(満点=五つ星):☆
 場所:https://maps.gsi.go.jp/#16/36.623347/139.053655/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0f1


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タグ:中世崖端城
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