勅使館(石川県加賀市) [古城めぐり(石川)]
←雑草で覆われた北郭東堀
勅使館は、平安末期~南北朝期にかけての豪族の居館である。館主は勅使河原右京或いは河原四郎左衛門の名が挙げられているが定かではない。古代の皇室領である「勅旨田」がこの地域にあったことが平安後期の文献から判明しており、勅使館はこの勅旨田を管理していた豪族の居館と推測されている。
勅使館は、勅使小学校とその周囲に築かれていた。小学校の移転新築に伴う発掘調査が昭和54~5年に行われ、その結果南北に北郭・内郭・南郭を連ね、その東側に大きな東郭を置いた、複郭式の居館であったことが判明している。現在は発掘復元された北郭東堀と内郭北堀が見学でき、その南西に掘立柱建物跡が表示されている。堀跡の周りには石積みも復元されているが、訪問したのが盛夏だったので、石積みは雑草でほとんど見えなかった。最近は規制の多い小学校敷地であるが、見学できるように開放されているのはありがたい。
お城評価(満点=五つ星):☆☆
場所:https://maps.gsi.go.jp/#16/36.303834/136.389105/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1
勅使館は、平安末期~南北朝期にかけての豪族の居館である。館主は勅使河原右京或いは河原四郎左衛門の名が挙げられているが定かではない。古代の皇室領である「勅旨田」がこの地域にあったことが平安後期の文献から判明しており、勅使館はこの勅旨田を管理していた豪族の居館と推測されている。
勅使館は、勅使小学校とその周囲に築かれていた。小学校の移転新築に伴う発掘調査が昭和54~5年に行われ、その結果南北に北郭・内郭・南郭を連ね、その東側に大きな東郭を置いた、複郭式の居館であったことが判明している。現在は発掘復元された北郭東堀と内郭北堀が見学でき、その南西に掘立柱建物跡が表示されている。堀跡の周りには石積みも復元されているが、訪問したのが盛夏だったので、石積みは雑草でほとんど見えなかった。最近は規制の多い小学校敷地であるが、見学できるように開放されているのはありがたい。
お城評価(満点=五つ星):☆☆
場所:https://maps.gsi.go.jp/#16/36.303834/136.389105/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1
タグ:居館