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鳩吹城(長野県伊那市) [古城めぐり(長野)]

DSCN1932.JPG←主郭
 鳩吹城は、戦国前期の天文年間(1532~55年)に倉田将監安光が居城したと言われている。倉田氏は鎌倉の出であり、最初は横山に住み、木曽義康と余地原で戦って敗れ、北殿の倉田城に移り、福与城の藤沢氏に属したと伝えられる。また鳩吹城は、南北朝期に南朝方の北条時行が立て籠もって北朝方の信濃守護小笠原貞宗の軍勢と戦った、所在不明の大徳王寺城の候補地でもあるらしい。

 鳩吹城は、標高1320.4m、比高400m程の大田山山頂に築かれている。まともに下から登ったらなかなか大変な山だが、城跡の一部がパラグライダーの出発台となっているので、城近くまで未舗装の林道がある。この林道を使えば車で間近まで行けると思っていたが、訪城した3月下旬はまだ日影に残雪があり、途中で車が残雪にハマってスタックしてしまい、危うく脱出不能になるところだった!手で雪かきして何とか脱出できたので、ちょっと戻って多少スペースのある路肩に車を駐めて、そこから歩いて訪城した。山の西尾根の鞍部は削平されて駐車場になっており、ここから登道が付いている。登道は2つあり、普通の尾根道の他に幅広の道も斜面を削って上まで通されているので、一部遺構が損壊している。但し、概ねの遺構は残っている。西尾根に細尾根上の小郭と堀切があり、それを越えて登っていくと、明確な堀切が穿たれ、その上に主郭がある。主郭には城址標柱が立ち、曲輪は北に向かって傾斜し、先端に堀切が穿たれている。主郭の東方は山林がないので視界がひらけており、伊那盆地を一望できる。堀切の先に小郭がありその先にもう1本堀切がある。堀切はいずれも良好に残っているが、規模は小さい。また主郭の東西に腰曲輪があるが、東のものはパラグライダー台になって改変を受けている。西のものは一面の笹薮で、平場があるのがわかるだけである。鳩吹城は、高所に築かれた山城らしく、小規模で簡素な縄張りである。
主郭先端の堀切→DSCN1938.JPG
DSCN1921.JPG←主郭後部の堀切

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:https://maps.gsi.go.jp/#16/35.839777/137.880392/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1g1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1


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タグ:中世山城
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