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古屋館(宮城県七ヶ宿町) [古城めぐり(宮城)]

IMG_0930.JPG←主郭の土塁と空堀
 古屋館は、伊達氏中興の英主と讃えられる儀山公伊達政宗が、出羽国長井庄(置賜地方)に侵攻した際、中継拠点として築き、この城館で越冬したと伝えられている城館である。伊達氏による置賜への侵攻は、1380年代に伊達宗遠・政宗の父子2代に渡って行われ、その際にはこの七ヶ宿街道が主要な侵攻路となった。この置賜侵攻の際に二井宿峠を押さえる屋代楯を巡る攻防があったこと、また古屋館は、七ヶ宿街道から白石川を挟んだ対岸の断崖上に築かれており、万一の敵襲に備えた防御に有利な地勢で、且つ断崖上のなだらかで広い地形は伊達氏当主が直率する大軍勢が駐屯可能であることから、侵攻ルート上の兵站拠点であると共に冬営地を兼ねた後方支援基地であったものと考えられる。

 古屋館は、滑津大滝に程近い位置にあり、西方から林道が城の近くまで来ており、誘導杭も立っているので迷うこと無く到達できる。主郭とその外周のニノ郭から成る梯郭式の縄張りで、主郭は北と東の2面を断崖で守られ、西から南にかけて土塁と空堀で囲繞している。西側中央部には、土塁と空堀で構築し土橋を架けた、出枡形の虎口を設けている。二ノ郭は、主郭の西面から南面にかけて廻らされ、南側は土塁と空堀によって防御されているが、西面は切岸のみで区画されている。但し北辺の崖に近い部分は堀状の地形をそのまま利用して防御している。ニノ郭の外側にも広い緩斜面が広がっていて、軍団の駐屯地となっていたと思われる。一方、主郭東側の渓谷には、下方の渓流沿いに平場が築かれており、渓流から水を汲み上げる水の手曲輪であったと推測される。古屋館は、規模もそれほど大きなものではなく、構造も簡素な城館であるが、しっかりとした枡形虎口を備えるところなどはいかにも伊達氏らしい構築である。尚、館の対岸の「旬の市七ヶ宿」というドライブイン内に、解説板が建っている。
主郭虎口の出枡形→IMG_0879.JPG

 お城評価(満点=五つ星):☆☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/?ll=38.013307,140.398858&z=16&base=std&vs=c1j0l0u0
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