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浅羽城(埼玉県坂戸市) [古城めぐり(埼玉)]

DSC01947.JPG←城址公園に残るわずかな高低差
 浅羽城は萱方城とも言い、中世の坂戸市西部を領した浅羽氏が戦国時代に本拠を構えた所と伝わっている。浅羽氏は武蔵七党の一、児玉党の流れを汲み、入西資行の子行成を祖としているようだが、その事跡は伝わっておらず詳細は不明である。
 浅羽城は現在、鶴舞住宅団地となって完全に宅地化し、その一角に遺構の一切ない城址公園が残っているだけである。城址公園の南にタイヤ公園という名の公園が続いていて、そこに城の解説板が立っている。城址公園付近は確かに周囲よりやや高くなっているが、せいぜい1m程の段差である。往時は低湿地帯に突き出した台地のような地勢だったのだろう。遺構もなく事跡は不明でも城の古絵図が現在まで残っていて、それに拠ればほぼ長方形の主郭を中心にしていくつかの曲輪で構成されていたようである。主郭の南側には張出し部があり、虎口の守りを固めていたと考えられるという。
 国土変遷アーカイブの1950年代の航空写真を見ても、既に辺り一面水田地帯と化し、はっきりした遺構は見ることができない。水田の中に色の濃淡が見られるが、これが曲輪跡だったのだろうか?いずれにしても、既に地上から消え失せてしまった城である。

 お城評価(満点=五つ星):☆
 場所:https://maps.gsi.go.jp/#16/35.948464/139.372323/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1
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