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長野氏累代の墓(群馬県高崎市) [その他の史跡巡り]

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 高崎市浜川町の来迎寺境内に、長野氏累代の墓と伝えられる墓石群がある。長野氏が武田信玄に攻められて滅亡して後、周囲の畑の中に崩れ落ち埋没していたものもあったが、大正12年の墓地整備の際に発掘され、現在地に整理・安置されたと言う。小さな五輪塔・宝篋印塔合わせて30数基が並んでいる。
 長野氏は、長野郷を発祥の地とする西上野有数の豪族で、箕輪城を本拠として関東管領兼上野守護の山内上杉氏に属していた。この地区にある数多くの城砦と、この数多くの墓石群から、地域の在地勢力が長野氏を中心として纏まっていたことが想像されると言う。
 しかし見た限りではいずれの墓石も大きさは比較的小さく、名将として知られた長野業政の墓も別の場所(鷹留城下の長年寺)にあることから、長野氏一族と言っても庶流の墓だったのかもしれない。

 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/36.374632/138.977362/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0f1
タグ:墓所
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