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苅野丸山城(神奈川県南足柄市) [古城めぐり(神奈川)]

DSC06571.JPG←二重竪堀の一部
 苅野丸山城は、歴史不詳の城である。一説には、小田原北条氏の重臣で筆頭家老でもあった松田憲秀が築いたとも言われているが定かではない。足柄古道は狩川の北側に沿って走っているが、狩川南の丸山付近にも間道があった可能性が指摘され、この間道を押さえる目的で造られた可能性があると言う。

 苅野丸山城は、箱根外輪山山系北東端の比高わずか50m程の小丘に築かれている。足柄方面の城の例に違わず、富士山の宝永大噴火の大量の火山灰に埋れているせいか、遺構はあまりはっきりしない部分も多い。頂上の主郭は、現在はただの平坦面で土塁などは確認できないが、周囲に腰曲輪を伴っている。この腰曲輪は主郭をほぼ3/4周している。その下の遺構は北面に集中しており、明確な二重竪堀と段曲輪が構築されている。段曲輪を下って行った先には、規模は小さいが形状のややはっきりした枡形虎口が見られる。その先はみかん畑に変貌しているが、段々畑の平坦面は屋敷地であったかもしれない。一方、西の山地と繋がる主郭西側にも幾つかの平坦面らしきものが確認できるが、近代になってから改変された形跡があり、遺構ははっきりしない。このような感じで、北側斜面の遺構の割には、その他の遺構がはっきりせず、主郭も土塁がなく無防備の状態で、不思議な縄張りに思われる。いつの日か埋もれた遺構が陽の目を見れば、謎が解けるかもしれない。
桝形虎口→DSC06563.JPG

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/35.328168/139.076260/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0f1
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