四万坂古戦場(神奈川県大和市) [その他の史跡巡り]
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四万坂古戦場は、深見城の南方800m程の位置にある古戦場である。長尾景春の乱の際に、乱の鎮定に当たった扇谷上杉氏の家宰太田道灌と景春方の深見城の軍勢(山田伊賀守と言われる)が戦った古戦場と伝えられている。この地を通る古道で戦った両軍は合わせて四万の軍勢であった為、四万坂と称されるようになったと言う。
四万坂古戦場は、境川の西岸に位置する段丘部の坂道に解説板がある。ここから境川をちょっと遡れば深見城があり、この地が深見城の最終防衛線であったと思われる。
場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/35.485607/139.468936/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0f0
四万坂古戦場は、深見城の南方800m程の位置にある古戦場である。長尾景春の乱の際に、乱の鎮定に当たった扇谷上杉氏の家宰太田道灌と景春方の深見城の軍勢(山田伊賀守と言われる)が戦った古戦場と伝えられている。この地を通る古道で戦った両軍は合わせて四万の軍勢であった為、四万坂と称されるようになったと言う。
四万坂古戦場は、境川の西岸に位置する段丘部の坂道に解説板がある。ここから境川をちょっと遡れば深見城があり、この地が深見城の最終防衛線であったと思われる。
場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/35.485607/139.468936/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0f0
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