SSブログ

七日台楯(山形県鶴岡市) [古城めぐり(山形)]

DSC04014.JPG←南尾根の堀切
 七日台楯は、歴史不詳の山城である。少連寺川の東岸にそびえる標高102m、比高60m程の山上に築かれている。庄内~越後を結ぶ大日坂道を眼下に納めており、庄内への街道を押さえる目的で築かれたものと考えられる。

 七日台楯も、藤沢楯石堂山楯と同様、放射状の畝状竪堀や主郭背後の尾根上の曲輪に櫛歯状空堀が穿たれた、特異な縄張りを持っている。城の大手は北の尾根筋にあったようだが、山麓は住宅地で取り付く場所がないので、西麓の梅林寺の墓地裏から斜面を直登した。物凄い藪城で、遺構の確認が容易ではない。南の尾根筋には三重に堀切が穿たれ、それを越えると城域に入る。『山形県中世城館遺跡調査報告書』の縄張図によれば、この三重堀切から主郭までの間には、西側に19条の畝状竪堀と、尾根上の曲輪に10条の畝状空堀があるとされるが、まず畝状竪堀は薮で全く形状が掴めず、畝状空堀が辛うじて確認できる程度である。また北の尾根筋の大手道に沿って、両側に畝状竪堀群が逆V字形に穿たれている。これは初めて見る特異な形態の遺構である。この大手の竪堀群はかなり埋もれている上、薮でわかりにくいが、右・左と交互に穿たれて大手の動線を制約している様である。もう少し薮が取り払われると、楽しめる遺構のはずなのだが・・・。
大手の畝状竪堀だが・・・→DSC04044.JPG

 お城評価(満点=五つ星):☆☆(薮で☆一つ減点)
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/38.689429/139.752520/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0t0z0r0f0

※東北地方では、堀切や畝状竪堀などで防御された完全な山城も「館」と呼ばれますが、関東その他の地方で所謂「館」と称される平地の居館と趣が異なるため、両者を区別する都合上、当ブログでは山城については「楯」の呼称を採用しています。
タグ:中世山城
nice!(5)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

nice! 5

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

Facebook コメント