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櫤山楯(山形県村山市) [古城めぐり(山形)]

DSCN5950.JPG←二ノ郭虎口の石積み
(2020年11月訪城)
 櫤山(たもやま)楯は、楯岡城の前身の城であったと言われている。鎌倉期の創築と言われるが詳細な歴史は不明である。

 櫤山楯は、楯岡城の北東1.6kmの位置にある、標高266m、比高160m程の山上に築かれている。明確な登道はないので、私は取り付きやすそうな西北西の尾根を直登した(国土地理院1/25000地形図には山の北側に道があるように描かれているが、道の存在は現認していない)。城は、西尾根の下段曲輪群と山頂部の上段曲輪群と大きく2つの曲輪群で構成されている。前述の尾根を登っていくと、最初に現れるのが下段曲輪群で、尾根に沿って何段かの曲輪で構成され、前面を取り巻く腰曲輪を伴っている。腰曲輪は北にやや突出し、先端は物見台の様になっており、下の尾根に通じる通路を見下ろしている。どうもこれが大手筋であったらしい。下段曲輪群の最上部は、側方に土塁を伴った長い大手道となっている。その先に小堀切があるが、堀切から北側斜面に落ちる竪堀の上に石積みが残っている。大手道の土留めであったらしい。堀切の上が上段曲輪群で、主城部に当たる。堀切の上に虎口郭を備えた四ノ郭があり、その上に前郭を伴った三ノ郭がある。更にその上に二ノ郭が置かれているが、三ノ郭から二ノ郭に登る大手の虎口にはやや大型の石による石積みが築かれている。二ノ郭は長円形に主郭を取り巻き、中心に主郭がある。主郭内は2段に分かれている。主郭の背後に当たる東尾根には二ノ郭を入れて5段の段曲輪が築かれている。また主郭の南尾根にも、9段以上の段曲輪群が築かれている。この南尾根曲輪群は、『山形県中世城館遺跡調査報告書』の縄張図には記載されていない。
 以上が櫤山楯の遺構で、上段曲輪群はいずれも曲輪の規模が大きく、切岸の段差も大きい。また虎口に石積みが構築されるなど、戦国期まで使われた城であった様に思われる。尚、下段曲輪群はやや薮が多いが、上段曲輪群は薮が少なく、遺構がよく確認できる。
側方に土塁を伴った大手道→DSCN5897.JPG
DSCN5902.JPG←堀切
竪堀の上の石積み→DSCN5898.JPG
DSCN5930.JPG←主郭
南尾根の段曲輪群→DSCN5969.JPG

 お城評価(満点=五つ星):☆☆☆☆
 場所:https://maps.gsi.go.jp/#16/38.496056/140.409726/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1

※東北地方では、堀切や畝状竪堀などで防御された完全な山城も「館」と呼ばれますが、関東その他の地方で所謂「館」と称される平地の居館と趣が異なるため、両者を区別する都合上、当ブログでは山城については「楯」の呼称を採用しています。


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タグ:中世山城
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