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原ノ城(長野県飯田市) [古城めぐり(長野)]

DSCN1619.JPG←主郭下の横堀
 原ノ城は、歴史不詳の城である。飯沼城とは指呼の間にあり、両城は親密な関係にあったことが想像される。このことから、室町中期に黒田氏の居城であったと推測されている。黒田氏は、1400年の大塔合戦では黒田孫次郎が飯沼六郎と並んで伊那衆として小笠原勢の中にあり、1440年の結城合戦の陣番帳には飯沼氏に次いで黒田氏の名が上がっている。黒田・飯沼両氏は坂西氏と並ぶ豪族であったが、やがて坂西氏の配下となり、その後この地が知久氏の支配下となると、知久氏に服属したらしい。しかしその後黒田氏の名は出てこなくなり、天正年間(1573~92年)には斎藤氏が原ノ城にいたらしい。

 原ノ城は、天竜川西方の段丘上にある比高30m程の半島状丘陵先端部に築かれている。東端の見晴山と呼ばれる所に、台形状の主郭があり、現在は畑となっている。先端部が一段低くなっている。主郭後部には土塁が残り、その背後の車道が堀跡である。主郭の北東下には横堀が残っており、横堀先端部では竪堀が落ちている。主郭の北西には二ノ郭・三ノ郭等の外郭があったらしいが、一面の住宅地に変貌し、遺構はほとんど湮滅している。わずかに三ノ郭西方を区切る堀切跡が車道となって残っているだけである。昭和20年代前半の航空写真を見ると、この車道の東側には空堀に囲まれた方形の区画があり、西城と呼ばれている。遺構はわずかであるが、主郭周辺だけは旧状をよく残している。
主郭後部の土塁→DSCN1602.JPG

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:https://maps.gsi.go.jp/#16/35.521216/137.839644/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1g1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1


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タグ:中世崖端城
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