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奈良梨陣屋(埼玉県小川町) [古城めぐり(埼玉)]

DSCN2301.JPG←東側の土塁と堀跡
 奈良梨陣屋は、信濃の名族諏訪頼忠の陣屋である。1582年、甲斐武田氏・織田信長の相次ぐ滅亡後に生起した北条・徳川・上杉諸氏の抗争「天正壬午の乱」の中で、頼忠は諏訪氏旧臣達に擁立されて諏訪氏の家督を継ぎ、旧領を奪還して北条方に付いた。天正壬午の乱終結後は徳川家康と和睦し、徳川氏に服属した。1590年の小田原の役の後、徳川家康が関東に移封となると、諏訪頼忠も武蔵国奈良梨・羽生・蛭川等1万2千石を拝領し、奈良梨に陣屋を構えた。諏訪氏の陣屋期間は、1592年に諏訪頼水が上野国総社に移封となるまでの3年間であった。

 奈良梨陣屋は、現在の八和田神社(旧諏訪神社)境内を含む一帯にあったらしい。社殿の北と東には土塁と堀跡が残っている。町指定史跡でもあり、土塁北東に解説板が立っているが、それによると「戦国時代から江戸時代にかけて」の頃に「鎌倉街道上道の宿駅として栄えた奈良梨において、(中略)なんらかの施設がおかれていた可能性がある」と書かれており、諏訪氏について触れられていないことから、諏訪氏の陣屋とは断定できなかったらしい。しかし奈良梨は、戦国時代には小田原北条氏の伝馬が置かれていた戦略的要地であったと言うので、ここに諏訪氏が陣屋を置いた可能性は十分考えられるだろう。

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:https://maps.gsi.go.jp/#16/36.082306/139.288445/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1g1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1


武田遺領をめぐる動乱と秀吉の野望―天正壬午の乱から小田原合戦まで

武田遺領をめぐる動乱と秀吉の野望―天正壬午の乱から小田原合戦まで

  • 作者: 平山 優
  • 出版社/メーカー: 戎光祥出版
  • 発売日: 2011/05/01
  • メディア: 単行本


タグ:陣屋
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