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広木吉原城(埼玉県美里町) [古城めぐり(埼玉)]

DSCN2277.JPG←城跡付近にある大興寺
 広木吉原城は、南北朝初期に一色大興寺入道源範行の居城であったと伝えられるが、実在したかどうかが明確ではない。一色氏といえば足利氏の一族で、室町幕府の四職家に名を連ねる名族である。多くの足利一門・重臣と同様に一色氏も、京都や西国で活躍した一族と、鎌倉府ができた際に鎌倉公方に従った東国の一族とに分かれたが、関東の一色氏としては幸手一色氏が知られる。しかし幸手一色氏は「直」字が名乗りの通字であり、「範行」が実在するとすれば九州探題を務めた一色範氏の系統とも考えられる。一方、入道名にも出てくる大興寺の所伝では、南北朝末期の1387年に小倉左中将元英と言う人が廃絶していた寺を再興したとあり、一色氏の名は出てこない。従って、一色範行の伝承には様々な疑問があるのが実態である。その後、戦国後期には、1579年に「広木大仏の合戦」が武田・北条間で行われたと『甲陽軍鑑』などに記載されているが、城の存在は明確ではないらしい。

 広木吉原城は、以上のように実在したかもわからない謎の城であるが、大興寺の北西付近にあったとされているらしい。そこには丘陵地が広がっているものの、明確な遺構は無いようである。ただ大興寺自体が寺院城郭のような立派な構えであり、目を見張らされる。

 お城評価(満点=五つ星):☆
 場所:【推定地】
https://maps.gsi.go.jp/#16/36.168446/139.158540/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1g1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1


関東公方足利氏四代―基氏・氏満・満兼・持氏

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