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石田城(神奈川県伊勢原市) [古城めぐり(神奈川)]

DSC09167.JPG←わずかに残る土塁
 石田城は、三浦党の石田為久の城と考えられている。為久は、源平争乱の折、木曽義仲追討で義仲を討ち取る大功を挙げた。石田氏は、鎌倉時代中期に三浦宗家が執権北条氏に滅ぼされると、宗家と運命を共にして滅亡した。戦国時代の小田原北条氏の支配時代、石田城の地は御馬廻衆藤田大蔵丞の所領であったが、石田城との関連は不明である。
 石田城は、周囲を低湿地帯に囲まれた、南に張り出した半島状台地の先端に築かれた城である。円光院の裏の台地に当たり、現在は市街化により遺構の大半が湮滅している。しかし、外堀の屋号を持った民家の裏には、土塁や堀跡がわずかに残っている。また切通し状の道があり、そこにも土塁跡らしい残欠が見られる。周囲より5m程の高台になっていて、城地の面影を残している。なお石田城の近くには、「城ノ腰公園」という名の公園がある。

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/35.411578/139.342035/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0f0
タグ:中世崖端城
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