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高木主水正清秀屋敷(神奈川県海老名市) [古城めぐり(神奈川)]

DSC09854.JPG←屋敷跡付近の現況
 高木主水正清秀は三河の武士で、徳川家康に仕え、後世徳川16神将の一人に数えられた。1590年に小田原北条氏が滅び、豊臣秀吉の命で家康が関東に入部すると、清秀は武蔵・上総・相模に5000石の知行を与えられた。1594年には子の正次に家督を譲り、海老名郷に隠居したと言う。諏訪神社の西方に屋敷があったと推測されており、諏訪神社には1620年に正次による社殿造立の棟札が残っている。1623年、正次は大阪の定番となり、1000石の加増を受けて河内国丹南に1万石を領したと言う。尚、隠居した清秀の屋敷には、徳川家康が鷹狩りの際に二度にわたって立ち寄ったと言われ、その信任の厚さを物語っている。
 高木主水正清秀屋敷は、前述の通り諏訪神社の西方にあったと言われているが、一面の住宅地となって遺構は全く残っていない。字西屋敷の地名がこの地に残っているだけである。徳川16神将の一人と謳われる有数の武士の遺蹟も、時代の変遷には抗えなかったのであろう。

 お城評価(満点=五つ星):☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/35.440830/139.382976/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0f0
タグ:居館
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