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石尊山新城〔仮称〕(栃木県足利市) [古城めぐり(栃木)]

IMG_4966.JPG←二ノ郭の堀切
 石尊山新城〔仮称〕は、多分私が発見したことになる城である。足利市がまとめた『足利市歴史文化基本構想』の中の城館MAPに石尊山城の記載があるが、このMAPでは名草城のある山稜の少し南寄りのピーク上を石尊山城としている。しかし足利市で「石尊山」と言えば、普通は栃木百名山にも名を連ねる名峰のことであるので、MAPの記載が間違っているのだろう、この石尊山のどこかに城があるのではないか、と推測して探索した。その結果、登山道から少し逸れた、西に張り出した断崖上に城郭遺構が確認できた。ところが後日、足利市の市民資料室で遺跡地図を確認したところ、MAPは間違いではなく、名草城の南に紛れもない「石尊山城」が遺跡として記載されていることがわかった。この遺跡として認定されているのとは別の、ここでレポートする石尊山系に築かれている山城は、ネット上でもこの遺構に関する報告がないので、おそらく新発見になるのだと思う。名称が重複するので悩んだが、他に適当な名称も思い浮かばなかったので、ここでは石尊山の尾根筋西端に新発見した城を石尊山新城〔仮称〕として紹介する。

 石尊山新城は、標高約300mの断崖上に位置している。周囲を垂直絶壁で囲まれた峻険な城で、東の尾根筋以外に城に近づく方法はない。岩場を削り切った2本の堀切で区画され、先端の主郭と背後の二ノ郭、それと堀切に繋がる二ノ郭北側の帯曲輪から構成された小規模な城砦である。主郭先端は僅かに高くなっており、櫓があったらしい。二ノ郭は岩がゴロゴロしており、ほとんど居住性がない。二ノ郭北辺には帯曲輪に通じる虎口が確認できる。この城の眼前には小俣城が聳えており、小俣城と何らかの関係がある城砦であることが想定される。実は、この石尊山新城からかなり離れた石尊山東尾根上にも城郭関連遺構があり、その項の中で考究したいと思う。
主郭の堀切→IMG_4971.JPG
IMG_4978.JPG←主郭
帯曲輪から見た主郭堀切→IMG_5000.JPG

お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/36.404308/139.387879/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0t0z0r0f0

※尚、上澤光綱さんの考証で、当城は所在不明となっていた「叶花山城」を再発見した可能性が高いと言うことで、ここに付記しておく。
タグ:中世山城
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らんまる

ご無沙汰しております。

さすがに全国区の方は目の付け所が違うので、新城の発見とは素晴らしい偉業でございますw
それでも、重複した名前ではもったいないので「石尊山新城」とか「石尊山西城」とか別の名が良いと思われます。

小生は関東地方を巡る戦国の動乱は覚えが目出度くないのですが、後北条氏が現れなければ、関東管領とその反抗勢力との抗争図式がメビウスの輪のように続いていたのだろうと誰かが申していたのを「なるほど・・」と妙に納得しました・・(笑)

小生も夏の城巡りはマダニとスズメバチと蛇が恐ろしいので自重しております。晩秋がひたすら待ち遠しい・・・(爆)
by らんまる (2017-06-15 20:40) 

アテンザ23Z

>らんまるさん
こちらこそ忙しさにかまけてご無沙汰しております。
栃木には残念ながら、宮坂氏の様な悉皆調査の偉業をされた方がいないので、この様に新城が発見される事例があるようです。今回は、私の勝手な思い込みが幸いして、偶然見つかったものですが・・・。

城の呼称へのご提案ありがとうございます。早速採用させていただきました(笑)
私もしばらくは、昨シーズンの山城記事を書きながら、晩秋の山城シーズンに備える日々です。お互い、野生動物や害虫類には気をつけましょう!

by アテンザ23Z (2017-06-17 02:16) 

上沢光綱

おおー!新城発見おめでとうございます。

図に掲載されている石尊山城や御所平城周辺はこんど行こうと思っていたんですが、足利史跡の図とは別の石尊山にあったんですね。
あの有名なほうの石尊山にですか?すばらしい。

冬になったら足利の山城行きたいなと思っています。
by 上沢光綱 (2017-06-17 10:20) 

アテンザ23Z

>上沢光綱さん
大変ご無沙汰しております。
城の場所は、南西麓(ちょうど小俣城の方向)からの登山コースを延々と登ってきて、ようやく稜線に出ると休憩用の簡易ベンチが2つ設置されており、そこから右手のハイキングコースとは逆の、左手の草むらの方に入っていった先です。

登山コースを登っている途中で、左手の上方に断崖絶壁が見えて来ますが、その上に城が築かれています。いかにも物見に良さそうな場所なので、キャッスラーならば見るからに怪しいと思うと思います(笑)

小さい城ですが普請はしっかりしているので、是非訪城してみてください。
by アテンザ23Z (2017-06-17 21:34) 

上沢光綱

ご返信ありがとうございます。

アテンザ23Zさんに質問なんですが、足利の文化基本構想に「叶花山城」ってあるんですが、ご存じでしょうか。前からどの城を指すのか分かりませんでした。小俣城とは別で、小俣城の北辺りの地域を指すと思うんです。石尊山の西側の遺構あたり?? なのかな。

あと、足利の市民資料室って平日はやっているんでしょうか。ちょうど行きたいなーと思っていた所に、こちらのブログの更新。グッドタイミングでした。
by 上沢光綱 (2017-06-17 22:24) 

アテンザ23Z

>上沢光綱さん
「叶花山城」の記載の件は、私も気になっているのですが(それでこのブログに書く前に、今回の新城が叶花山城のことかもと、市民資料室で調査したのですが)、平成元年に編集された『足利市史跡地図』には記載がありませんでした。
この付近では「松本城」と「叶花遺跡」というのはあるのですが・・・。
あとは直接足利市の文化課に聞くしかないかと思います。
もし情報分かったら、教えてください。

市民資料室は市役所の別館にあり、係の人もいるので、平日の方が開いていると思います。よろしくお願いします。
by アテンザ23Z (2017-06-18 12:18) 

上沢光綱

ご返答ありがとうございます。

質問を間違えました!私は平日に仕事なので、史料室は土日にやっているか知りたかったんですが、史料室に電話で問い合わせてみます。
叶花山を含めて、後日確認してみます。ではまた。
by 上沢光綱 (2017-06-18 18:17) 

上沢光綱

こんにちは!アテンザ23Zさん発見の城、やっと行ってきました。立派な遺構でした。私のサイトにも掲載させていただきましたので、よろしければご覧ください。図面はもうちょっとかかります。
あの城をよく発見されましたね。さすがです。

叶花山城の詳細は分からなかったものの、あの城が叶花山城である可能性は高いと思いました。あと少し調べないと断定はできません。
by 上沢光綱 (2017-10-27 20:07) 

アテンザ23Z

>上沢光綱さん
訪城、お疲れ様でした。
尾根までの登り道がわりと急なので、シーズン一発目の山城にしては、
大変だったことと思います。

上沢さんのHPも拝見しました。
上沢さんの興奮が、文面からビシビシ伝わってきて
大変面白く読ませていただきました。
また下野中世史研究の先達である上沢さんからお褒めいただいて
汗顔の至りです。

やはり「叶花山城」である可能性が高いですか。
地名が近いので怪しいとは踏んでいましたが。
それにしても市の文化課にきいても、詳細不明の城というのも困りますね。
資料が全く残っていないとは・・・。
全く新発見ではなかったとしても、
所在不明になっていた城が再発見されたということで、良しとしたいところです。

今後もいろいろと情報交換させてください。よろしくお願いします。
by アテンザ23Z (2017-10-28 01:15) 

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