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仙台城(宮城県仙台市) [古城めぐり(宮城)]

DSC04667.JPG←雪化粧をした清水門の石垣
 昨年12月に、所用で仙台に数日滞在することがあり、そのついでに仙台城を巡ってきた。仙台城には数年前に一度来たことがあるが、見逃した部分も多かったので改めて回ったのである。また滞在中に折からの寒波で雪が降ったため、雪化粧をした美しい仙台城も見ることができたのは幸運であった。

 仙台城は青葉城とも呼ばれ、奥州の雄、伊達62万石の居城である。元々は、初め千体城、後に千代城と呼ばれ、鎌倉時代末から室町中期に架けて島津氏が陸奥守として居城し、室町時代末には国分氏が一時居城したと言われるが定かではない。仙台城の存在が表に出てくるのは、独眼龍伊達政宗の時代からである。奥州を自らの力で切り取っていた伊達氏の若き当主政宗(貞山公)は、豊臣秀吉への恭順後、葛西大崎一揆への関与を疑われ、米沢城から岩出山城に移封される羽目になった。いわば左遷である。しかし秀吉亡き後の天下を牛耳った徳川家康に加勢して関ヶ原の東北版とも言える慶長出羽合戦などで東軍として活動し、裏では和賀一揆を扇動するなど胡散臭い動きもしたものの、戦後2万石を加増され、仙台築城の許可を家康より受けた。1600年12月に政宗自ら城普請の縄張始めを行って、1602年5月にほぼ城は完成したと言う。名も仙台と改称し、以後、仙台伊達藩歴代の居城となった。当初は山上の本丸部分のみであったが、2代忠宗の時に山麓に二ノ丸・三ノ丸が造営され、以後は二ノ丸が藩主の居館となった。その後、幾多の天災に見舞われるも幕末まで存続した。明治に入ると、本丸や二ノ丸の建物は取り壊されたり火災で燃えたりして多くを失い、最後に太平洋戦争での空襲によって、残っていた大手門も消失した。

 仙台城は、戦国期の城とは異なる純然たる近世城郭であるが、その形態は山城に近い。本丸は青葉山の山上に置かれて仙台市街を睥睨し、曲輪の北西側半分を石垣で防御している。北面は数年前に全面修復された為、石が真新しくやや興を削ぐが、西面になると古風な野面積みの重厚な石垣に折れが入っていて風情がある。本丸南側は深い断崖が天然の堀切となっていて、土塁以外の防御構造は見られない。本丸虎口は石垣で築かれた大手に当たる詰ノ門の他に、西ノ門と埋門がある。西ノ門も両側を石垣で囲まれているが、現在はフェンスで囲われていて中に入ることはできず、薮だらけになっている。埋門は駐車場に至る車道となっているが、両側を高さ3m程の土塁で挟まれた屈曲した切通し道になっていて、桧原城の大手虎口の印象が重なって見える。本丸内西半分には、現地解説板に拠れば西ノ丸や天守台があるとのことだが、現在はフェンスで囲われて山林となっていて、中に入ることはできない。

 一方、本丸以外は中世城郭で言う山麓居館の様な位置付けである。本丸から北に坂を下ると中ノ門の石垣があり、更にその先に二ノ丸と大手門がある。大手門は隅櫓が復元されて仙台のシンボルとなっている。また二ノ丸東面には高石垣がよく残っている。二ノ丸内は現在東北大学の記念講堂が建てられて変貌しているが、わずかに仕切り塀の土台となっていたであろう石列が残存している。本丸と中ノ門の間には沢門跡の標識があるが、ここを東に下ると見事な石垣が数箇所残っている。特に清水門の石垣は野面積みの重厚なもので感慨深い。更に下ると三ノ丸に至るが、三ノ丸内は博物館が建てられているものの周囲の土塁や外堀が見事に残り、巽門跡と子門跡の石垣や礎石が残っている。その他にもよく見て回ると、草むらの中などに細かく石垣が残っている。

 遺構はよく残っているが、仙台城は城郭としてはやや中途半端な印象を受ける。それは、本丸を中心に据えた集中的な縄張ではなく、山上と山麓に曲輪が分散し、しかも曲輪間が遠く隔たっているからである。これは本丸~三ノ丸を築城した時代の変遷をそのまま写したものであろう。そういう面では近世城郭にしてはかなり異質な印象を受ける城でもある。ただ城の築かれた場所は絶好の要害で、前面に広瀬川の深い流れが障壁となって、まさしく天然の外堀となって市街と城域を分断しているのである。しかし平和な時代には、山上の本丸はもはや象徴的な意味しか持たなくなっていた。仙台城は、天下一統の時代でも、ひとたび事あらばと、特異な野望を抱く政宗が生んだ異質な近世城郭だったのかも知れない。
本丸西面の石垣→DSC04684.JPG
DSC04607.JPG←本丸の埋門
二ノ丸内部の石列→DSC04528.JPG

 お城評価(満点=五つ星):☆☆☆☆
 場所:https://maps.gsi.go.jp/#16/38.252673/140.855992/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1
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fuzzy

青葉城は奥羽列藩の盟主たる、堂々とした城郭を誇っていたようです。後北条攻めに遅参し、伊達家は危うい立場になりましたが、徳川にはうまく取り入る妙をみせ、伊達家安泰を図るなど、政治力にも長けた政宗、何と言っても「独眼竜」がカッコいいです。
by fuzzy (2010-02-23 14:12) 

アテンザ23Z

>fuzzyさん
政宗は、南北朝期のバサラ大名佐々木導誉と好一対を成す、
面白い武将ですね。
派手好きなのもよく似ています。
by アテンザ23Z (2010-02-23 20:48) 

ノリパ

雪の仙台城カッコイイですね。もう15年になりますね、
前行ってから。そのうちに、今年中にも、行きたいデス。
by ノリパ (2010-02-27 17:35) 

アテンザ23Z

>ノリパさん
雪の石垣って、綺麗ですよね~。
運が良かったです。

by アテンザ23Z (2010-02-28 13:21) 

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