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小松城(山形県川西町) [古城めぐり(山形)]

DSC02706.JPG←本丸と出丸の間の堀跡
 小松城は、川西町の中心に程近い犬川右岸に築かれた平城である。この地は越後街道と長井街道の交差する要衝に位置している。1384~1428年の頃は船山因幡守の居館であったと伝えられ、その後は大町氏が、そして16世紀前半頃から桑折播磨守景長が居城したと言う。その後、天文の乱を期に牧野弾正に小松城が与えられたと考えられる。1570年に牧野弾正久仲は、中野宗時・新田義直と図って伊達輝宗に背いて小松城に拠ったが、敗れて相馬に逃れたと言う。伊達氏の岩出山移封後は、廃城になった。
 小松城は現在、ゲートボール場などの公園があるほか、新山神社が建っている。以前は中学校が建てられ、また鉄道建設の際に土濠が壊されたとのことで、幾分の破壊を受けている。しかし、削られつつも要所には土塁が残り、また本丸西側には堀跡も明瞭に残っている。神社が建っているのはこの堀を挟んだ本丸の西側に当たり、その周囲にも土塁らしい遺構が見られることから、出丸だったものと考えられる。つまり萩生城と同様、東西の2郭からなる平城であったようだ。多少の破壊を受けつつも、これだけの遺構が残っているのは街中としては奇跡に近い。末永く保存していってもらいたいものだ。

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:https://maps.gsi.go.jp/#16/38.010687/140.047574/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1
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fuzzy

置賜地区は、古くは奥州藤原氏の支配から伊達家・蒲生家・上杉家と領主が変遷した興味深い土地ですね、ただ城らしい城はほとんど残っていないのでは?
by fuzzy (2010-01-22 12:57) 

アテンザ23Z

>fuzzyさん
確かに改変を受けている城が多いですね。
でも壊滅的なものは少なく、
予想以上に城の雰囲気のある遺構があるのが素晴らしいです。
by アテンザ23Z (2010-01-23 23:45) 

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