伊波城(沖縄県うるま市) [古城めぐり(沖縄)]
←主郭外周の石垣
伊波城は、伊波按司の居城である。伝承によれば、伊波按司は1322年に怕尼芝(羽地)按司に滅ぼされた今帰仁城主(中北山系統)の子孫で、この地に逃れてから再び勢力を得て伊波按司となり、伊波城を築いて居城としたとされる。
伊波城は、金武湾を見下ろす標高87mの丘陵上に築かれたグスクである。ほぼ単郭の小規模なグスクで、内部がやや窪んだ主郭の周囲に、石垣の残欠がよく残っている。主郭の北東端には拝所が設けられた狭小な物見台があり、周囲の眺望に優れていることがよく分かる。主郭には大手と2つの搦手の合計3つの城門があったらしく、城門部分だけ石垣が開けられており、特に大手には石段も残っている。このグスクは幸いにも戦災から免れたらしく、しかも薮も少ないので、復元ではない素の遺構が分かりやすい。
お城評価(満点=五つ星):☆☆☆
場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/26.421524/127.817913/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0t0z0r0f0
伊波城は、伊波按司の居城である。伝承によれば、伊波按司は1322年に怕尼芝(羽地)按司に滅ぼされた今帰仁城主(中北山系統)の子孫で、この地に逃れてから再び勢力を得て伊波按司となり、伊波城を築いて居城としたとされる。
伊波城は、金武湾を見下ろす標高87mの丘陵上に築かれたグスクである。ほぼ単郭の小規模なグスクで、内部がやや窪んだ主郭の周囲に、石垣の残欠がよく残っている。主郭の北東端には拝所が設けられた狭小な物見台があり、周囲の眺望に優れていることがよく分かる。主郭には大手と2つの搦手の合計3つの城門があったらしく、城門部分だけ石垣が開けられており、特に大手には石段も残っている。このグスクは幸いにも戦災から免れたらしく、しかも薮も少ないので、復元ではない素の遺構が分かりやすい。
大手の城門跡→
お城評価(満点=五つ星):☆☆☆
場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/26.421524/127.817913/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0t0z0r0f0
タグ:琉球王国のグスク
お返事有難うございます、帰る機会がありましたら調べて見たいと思います。
うるま市??センス無いですね、タバコの銘柄です(笑)
東海岸の城は不発弾の心配はあまり無いですね、浦添城周辺では昔はゴロゴロ出てきました、信管の欠陥も多く3割程は不発だったらしいです、今でも大小2000㌧以上残っている様です。
by イラブ (2014-01-15 23:21)
>イラブさん
げっ、そうなんですか。知らないで浦添城歩いてました。そうすると、発掘調査も命懸けですね。
by アテンザ23Z (2014-01-16 20:46)