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荻窪城(群馬県前橋市) [古城めぐり(群馬)]

DSCN0238.JPG←主郭西側の空堀
(2019年12月訪城)
 荻窪城は、大胡城の出城で、足利氏の庶流とされる赤萩氏が城主であったと推測されている。この地に伝わる古文書には、1353年に赤荻主馬之介智宜、同弾正智則が居城とし、字向山に城の守本尊として大日如来を祀り、城の安泰を祈ったと伝えられている。

 荻窪城は、小河川の流れる低地帯に臨む台地南端部に築かれている。東西南北に田の字状に4つの郭を並べた構造で、北西が主郭であったらしい。現在、主郭は城址公園となって整備されている。郭内には井戸跡と解説板があり、背後には土塁が築かれている。主郭の北側から西側にかけてL字状に空堀が廻らされ、更にL字の角部から西斜面に竪堀が落ちている。主郭の東が二ノ郭で、背後に土塁の残欠が見られ、かなり埋もれているが北側に空堀があった様である。主郭・二ノ郭の南側には切岸だけで区切られた2つの曲輪があるが、いずれも民家となっている。主郭・ニノ郭の間から南に向かって小道が降っており、大手道であったと推測される。現地解説板の推定復元図を見ると、この他に主郭・ニノ郭の北側に外郭があった様に描かれているが、現在は宅地や耕地に改変されており、往時にどこまでが城域であったのかは明確ではない。荻窪城は、城の構造を見る限り素朴な構造で、古い時代の形態をそのまま残していると考えられる。
主郭の土塁と井戸跡→DSCN0230.JPG

 お城評価(満点=五つ星):☆☆☆
 場所:https://maps.gsi.go.jp/#16/36.413547/139.133359/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1


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タグ:中世平山城
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