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大原城(岩手県一関市) [古城めぐり(岩手)]

DSCN0692.JPG←南支尾根から見た主郭と腰曲輪群
 大原城は、山吹城とも呼ばれ、葛西七騎の一つで東山旗頭と称された大原千葉氏(大原氏)の歴代の居城である。1230年に奥州探題として関東から派遣された千葉飛騨守頼胤の子、宗胤が大原に入部して大原城を築き、築城したと伝えられている。しかし鎌倉時代に奥州探題という職制はない上、大原氏の出自には別説もあり、はっきりしたことはわからない。また大原氏の系譜は複数伝わっているが、諸系図によって食い違いも多く不明点が多い。南北朝初期、主家葛西氏は一族内で南朝方・北朝方に分かれているが、大原胤高は北朝方に付いていたと推測されている。しかし一族の大原備中守宗信は、南朝方の陸奥守兼鎮守府大将軍北畠顕家に従って討死した。宗信の討死は「1335年10月5日に和泉国」のこととも言われるが、この時期にはまだ顕家は奥州にあり、また和泉国での顕家軍の合戦は、顕家2度目の西上戦の時で1338年3~5月のことであり、この伝承にも疑問符がつく。1474年、大原肥前守広忠は、気仙沼城(赤岩城?)主熊谷丹波守直氏が父直行と不和となり、戦って敗れ、大原氏を頼ってきた東山に逃れてきた。広忠は直氏を保護し、大原郷内野里50余町を与えた。翌75年、広忠の子飛騨守信広は、気仙郡横田村で気仙の矢作千葉氏(矢作氏)と戦い、その合戦で次男信綱を失った。1498年、大崎氏家中の内紛を契機として「明応の乱」が発生し、信広は薄衣城主薄衣美濃入道清胤と同盟して主家葛西氏に反抗した。この時薄衣清胤が伊達成宗に出した『薄衣状』によれば、信広は数流沢城(摺沢城)に籠って警固したと言う。一方、信広の嫡子伯耆守信明は父と袂を分かち、葛西方に付いた。この戦乱は、伊達氏の仲介によって収束したらしい。1504年、信明は気仙郡矢作郷において浜田安芸守基綱と合戦し、勝利した。1542年、伊達氏の大規模な内訌「天文の乱」が起きると、奥州の諸大名は稙宗派・晴宗派に分かれて抗争し、葛西氏も2派に分かれて抗争した。大原飛騨守信胤は、葛西氏の当主高信と共に晴宗派に属した。信胤は晴宗から書状を受けており、葛西領内屈指の大身で権勢を有していたことがうかがえる。戦国後期になると、葛西晴胤の子飛騨守信茂(葛西晴信の弟)が大原播磨守信光の嗣子となり領内を固めた。1559年、東山の及川一族が主家葛西氏に反抗して武力蜂起した及川騒動(柏木合戦)の際には、信茂が出陣して鳥海城を落城させ、乱を鎮圧した。1587年には、信茂は藤沢城主岩渕近江守と合戦した。1590年、豊臣秀吉の奥州仕置によって葛西氏が改易となると大原氏も没落した。1591年の葛西大崎一揆では、大原飛騨守胤重(または千代竹丸?重光?)が桃生郡中津山香取(神取山城)に出陣した1700騎の軍勢の大将となった。しかし伊達勢に敗れ、桃生郡深谷で謀殺されたと伝えられる。大原城も落城したが、間もなくこの地方の要地として石田三成によって修復され、伊達政宗に与えられた。政宗は粟野大膳大輔をこの地に配した。

 大原城は、大原市街地北西の比高60m程の丘陵上に築かれている。城内は大半が公園化され、主要部が薮払いされており、遺構がよく確認できる(というか、訪城当日はちょうど草刈り中だった)。登り口は2つあり、南麓の大手門口と北東尾根の搦手口とがある。駐車場があるのは搦手口なので、車で行く人はこちらから行く方が良い。さすがは葛西氏家中でも大身であった豪族の本拠で、城は広大、各曲輪の規模も大きい。丘陵中央に主郭があり、東西に長く、東側に祠と大銀杏がある張出しがある。郭内の西辺と南辺に低土塁が築かれている。主郭の南北に腰曲輪があり、それとそのまま繋がる形で西に二ノ郭、東に三ノ郭がある。二ノ郭から主郭に登る手前に大土壇があり、物見台であったと思われる。二ノ郭は南東の支尾根に大きく張り出し、外周に腰曲輪を伴っている。二ノ郭の北東には腰曲輪を兼ねた箱堀状の堀切があり、その北東に小さな東郭が高台となって築かれ、その北側は堀切で台地基部を分断している。一方、三ノ郭は主郭の前面に堀切を穿った高台の曲輪を設け、主郭前面の防御陣地としている。その周囲に三ノ郭が広く展開している。三ノ郭の西には堀切が穿たれ、その先に西郭がある。西郭は傾斜した曲輪で削平が甘い。西の尾根続きに片堀切を穿っている。その先は自然地形である。この他、南や南東の支尾根に曲輪群があるが、これらは大薮の中に埋もれており、折からの降雨もあって踏査はできなかった。
 尚、城内では前述の通り業者さんが草刈機で草刈り中だったが、二ノ郭の腰曲輪にはカモシカが歩いていた。この日は、雉の母子や狸など、野生動物に出くわすことが多かった。さすがに岩手県は自然が豊かで素晴らしい。
二ノ郭北東の箱堀状堀切→DSCN0611.JPG
DSCN0708.JPG←三ノ郭西の堀切

 お城評価(満点=五つ星):☆☆☆☆
 場所:https://maps.gsi.go.jp/#16/39.019442/141.394708/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1g1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1


続・東北の名城を歩く 北東北編: 青森・岩手・秋田

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