SSブログ

小島城(富山県富山市) [古城めぐり(富山)]

DSCN6320.JPG←主郭に残る土塁
 小島城は、射水・婦負郡守護代神保氏の重臣小島甚助が築いたと伝えられる。高山城主寺島牛助(牛之助とも)は、甚助の兄である。共に上杉勢によって元居た地を追われ、この地まで逃れてきて城を築いて居城とし、神保長職の旗本となったとの伝承がある。1563年、上杉勢の攻撃を受けて小島・高山両城は落城し、小島甚助・寺島牛助兄弟は「乱の穴」という洞窟に身を隠して危難を免れ、若狭城(大道城)に逃れて立て籠もったとされる。1581年、織田信長の部将佐々成政の進攻を受けて小島・寺島兄弟は抗戦しきれず、降伏して佐々氏に仕えた。佐々氏移封後は、加賀前田氏の家臣となったと言う。

 小島城は、山田川西岸にある城山という丘陵上に築かれている。丘陵上に鉄塔があるため、南尾根の小道から鉄塔保守道を登って登城可能である。この丘陵は、傾斜量図で見ると南西から北東に向かって全部で4段の平場があるが、どこまでが城域であったのかはよくわからない。しかし最上部にある南西の平場が主郭であろう。主郭は山林内に平場が広がっていて、南と西は断崖で囲まれている。北端には低土塁が見られる。その先は鉄塔の建つ2段目の平場であるが、薮が深く侵入が困難で、遺構が存在するかどうかよくわからない。また4段の平場の内、下の2段は畑となっている。結局、平場とわずかな土塁以外に明確な遺構は見られず、縄張りがよくわからない城だった。
 尚、小島城の西方約1kmの山中に小島甚助・寺島牛助兄弟が隠れた「乱の穴」が残っている。
乱の穴→DSCN6336.JPG

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:https://maps.gsi.go.jp/#16/36.597346/137.081233/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1g1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1


47都道府県・城郭百科 (47都道府県百科シリーズ)

47都道府県・城郭百科 (47都道府県百科シリーズ)

  • 出版社/メーカー: 丸善出版
  • 発売日: 2022/07/28
  • メディア: 単行本


nice!(2)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー