田中城(栃木県宇都宮市) [古城めぐり(栃木)]
←土塁と空堀
田中城は、宇都宮氏の家臣田中氏の居城と伝えられている。半蔵山丘陵の南東端の峯地区にある。段丘上の城で、かつては土塁と堀が約70m四方に構築されていたと言うが、ゴルフ場造成のための土取りによって破壊されてしまっている。城の中心部の西部には高台となった墓地があり、周りはそこより5m程低くなっていて、これが土取りによって削られた平坦面なのだろう。しかしこの低地の東には、削り残された土塁状の土壇があり、その東は数mの切岸があり、その下に南北に走る空堀が残っている。空堀の東には土塁も伴っている。これらの東にある山林は平坦な平場で、構造から見てここも城の一郭であったと考えられる。そこから推測すると、東西に並ぶ複郭の城であった可能性がある。また前述の墓地の西の山林内には腰曲輪と思われる平場も確認できる。ゴルフ場造成などという公共性の全くない、極めてくだらない理由のために破壊されてしまったことが悔やまれる。
お城評価(満点=五つ星):☆☆
場所:https://maps.gsi.go.jp/#16/36.627471/139.815745/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1
田中城は、宇都宮氏の家臣田中氏の居城と伝えられている。半蔵山丘陵の南東端の峯地区にある。段丘上の城で、かつては土塁と堀が約70m四方に構築されていたと言うが、ゴルフ場造成のための土取りによって破壊されてしまっている。城の中心部の西部には高台となった墓地があり、周りはそこより5m程低くなっていて、これが土取りによって削られた平坦面なのだろう。しかしこの低地の東には、削り残された土塁状の土壇があり、その東は数mの切岸があり、その下に南北に走る空堀が残っている。空堀の東には土塁も伴っている。これらの東にある山林は平坦な平場で、構造から見てここも城の一郭であったと考えられる。そこから推測すると、東西に並ぶ複郭の城であった可能性がある。また前述の墓地の西の山林内には腰曲輪と思われる平場も確認できる。ゴルフ場造成などという公共性の全くない、極めてくだらない理由のために破壊されてしまったことが悔やまれる。
お城評価(満点=五つ星):☆☆
場所:https://maps.gsi.go.jp/#16/36.627471/139.815745/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1