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日中砦(富山県立山町) [古城めぐり(富山)]

DSCN3580.JPG←空堀と土塁
 日中砦は、佐々成政が弓庄城を攻撃するために築いた付城の一つである。弓庄城に拠った土肥美作守政繁は、越後の上杉謙信が越中に勢力を伸ばしてくると上杉氏に属したが、1578年に謙信が急死すると、越中に進出してきた柴田勝家・佐々成政らの織田勢に従った。しかし1582年6月に織田信長が本能寺で横死すると、再び上杉方に付いて、織田方の佐々成政と敵対した。成政は、政繁が籠城する弓庄城を攻撃するため、4つの付城(砦)を築造しており、日中砦はその一つであったと伝えられている。政繁はよく防戦に努めたが、上杉景勝の援軍を得られず、上杉方の重要拠点魚津城が落城したため孤立し、1583年8~9月に成政と和議を結び、城を明け渡して越後の糸魚川城へと退去した。

 日中砦は、白岩川西岸の河岸段丘の縁に築かれている。東側を断崖に面した方形単郭の小城砦である。郭内は墓地に変貌しているが、周囲三方を巡る土塁が良好に残り、その外側には空堀もよく残っている。北東の空堀の外にだけ更に土塁が築かれているが、車道建設で西半分が削られてしまっており、往時はどこまで伸びていたのか不明である。虎口は南西部にあり、土橋が架けられている。小規模な城砦だが、遺構がよく残っており、貴重な付城遺構でもある。

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:https://maps.gsi.go.jp/#16/36.674030/137.355527/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1


ワイド&パノラマ 鳥瞰・復元イラスト 日本の城

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