古渡城山(山梨県都留市) [古城めぐり(山梨)]
←堀切跡の窪地
(2021年2月訪城)
古渡城山は、古渡城山の烽火台とも言い、歴史不詳の城砦である。『甲斐国志』によれば陣鐘を懸けて東は谷村へ、また西は吉田・船津へ急を告げたとされる。
古渡城山は、鹿留川曲流部に突き出た標高583mの独立丘に築かれている。主郭に住吉神社があるので参道が整備されており、登城はたやすい。L字型の丘陵上に築かれており、北の先端部に主郭、その南に二ノ郭、東に突き出た尾根先端に三ノ郭が築かれている。主郭の西辺には土塁が残り、主郭の先の尾根にも数個の小郭があり、主郭の付け根にわずかな堀切跡の窪地が見られる。二ノ郭にも先端部近くの両側に土塁が築かれ、二ノ郭南側に段状に腰曲輪群があり、東斜面にも明確な腰曲輪群が見られる。二ノ郭から三ノ郭に至る途中の尾根も段々になっていて、三ノ郭の周囲にも腰曲輪が確認できる。私はこれらの腰曲輪群は遺構と考えているが、『甲斐の山城と館』によれば「全山耕作されているのではっきりしない点が残される」としており、畑地跡である可能性もある様だ。いずれにしても比較的小規模な城であるが、谷村と富士吉田方面を繋ぐ中継地点として重要な役目を負っていたことがうかがわれる。
お城評価(満点=五つ星):☆☆
場所:https://maps.gsi.go.jp/#16/35.534173/138.877133/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1
(2021年2月訪城)
古渡城山は、古渡城山の烽火台とも言い、歴史不詳の城砦である。『甲斐国志』によれば陣鐘を懸けて東は谷村へ、また西は吉田・船津へ急を告げたとされる。
古渡城山は、鹿留川曲流部に突き出た標高583mの独立丘に築かれている。主郭に住吉神社があるので参道が整備されており、登城はたやすい。L字型の丘陵上に築かれており、北の先端部に主郭、その南に二ノ郭、東に突き出た尾根先端に三ノ郭が築かれている。主郭の西辺には土塁が残り、主郭の先の尾根にも数個の小郭があり、主郭の付け根にわずかな堀切跡の窪地が見られる。二ノ郭にも先端部近くの両側に土塁が築かれ、二ノ郭南側に段状に腰曲輪群があり、東斜面にも明確な腰曲輪群が見られる。二ノ郭から三ノ郭に至る途中の尾根も段々になっていて、三ノ郭の周囲にも腰曲輪が確認できる。私はこれらの腰曲輪群は遺構と考えているが、『甲斐の山城と館』によれば「全山耕作されているのではっきりしない点が残される」としており、畑地跡である可能性もある様だ。いずれにしても比較的小規模な城であるが、谷村と富士吉田方面を繋ぐ中継地点として重要な役目を負っていたことがうかがわれる。
二ノ郭東側の腰曲輪群→
お城評価(満点=五つ星):☆☆
場所:https://maps.gsi.go.jp/#16/35.534173/138.877133/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1
甲斐の山城と館〈下〉東部・南部編―縄張図・断面図・鳥瞰図で見る
- 作者: 宮坂 武男
- 出版社/メーカー: 戎光祥出版
- 発売日: 2014/07/01
- メディア: 単行本
タグ:中世平山城