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田頭城(岩手県八幡平市) [古城めぐり(岩手)]

DSCN9325.JPG←主郭~二ノ郭間の堀切
 田頭(でんどう)城は、南部氏の家臣田頭氏の居城である。田頭氏は工藤氏の末流で、葛巻河内信祐の2男直祐が、この地に分封されて田頭右衛門佐直祐を称した。天正年間(1573~92年)1千石を領していたと言う。直祐の田頭氏は第二次田頭氏で、それ以前に第一次田頭氏が居たらしいが詳細は不明という。1591年、九戸城主九戸政実が三戸城主南部信直に反逆して挙兵した際(九戸政実の乱)、平館城主平館(一戸)信濃守政包は九戸氏に加担して信直方の周辺各氏の城を攻め落とし、田頭城へ押し寄せた。田頭勢は激しく抵抗したが、平舘勢の再三に渡る夜討を受け、ついに落城した。直祐は搦手から脱出して大更の夏間木まで逃げたが、執拗な追撃を受けて自刃したと言う。

 田頭城は、標高335m、比高60m程の館山という独立丘陵に築かれている。城内は館山公園として整備されており、簡単に登ることができる。山頂に、堀切で区画された主郭・二ノ郭を南北に並べ、北から南東にかけて1~2段の腰曲輪を廻らし、更に南東斜面に数段の腰曲輪を連ねた縄張りとなっている。主郭の西辺部は岩山の高台となっており、物見台として機能したと思われる。二ノ郭も西辺に土塁・物見台が築かれている。また二ノ郭の西には張出した尾根があり、薮の中にクランクした堀切が確認できる。二ノ郭の北には2段の緩斜面が広がっており、ここも曲輪だったと考えてよいと思う。この他、周囲の腰曲輪はいずれも切岸が大きく、それなりの防御力を備えている。田頭城は、東方以外の眺望がひらけた交通の要衝であり、重要な城であったことがうかがわれる。
二ノ郭西尾根の堀切→DSCN9348.JPG

 お城評価(満点=五つ星):☆☆☆
 場所:https://maps.gsi.go.jp/#16/39.916739/141.084044/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1g1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1


戦国大名南部氏の一族・城館 (戎光祥中世織豊期論叢3)

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  • 発売日: 2021/03/18
  • メディア: 単行本


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